2009年4月12日 復活祭イースター礼拝説教
  聖  書  マルコによる福音書16章1〜8節
  説教者  山岡 創

「 あなたがたより先に 」

 「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない」(6節)。
 イースター、おめでとうございます。2千年余り前のこの日、主イエス・キリストは復活なさったと、聖書は私たちに告げ知らせます。そのお告げを聞いた、主の復活の最初の証人は「マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメ」(1節)でした。十字架から取り降ろされ、墓に埋葬された主イエスのご遺体に香料を塗ろうとして、週の初め、日曜日の朝早く墓に行った3人は、墓が空っぽであることを目撃し、そしてそこにいた天使の言葉を聞いたのです。「あの方は復活なさって、ここにはおられない」。
 その時、彼女たちに聞こえた天使の声、それは、かつて主イエスが旅の途中で何度も予告しておられた言葉、「そして、人の子は三日の後に復活する」(10章34節、他)が、空の墓を見て、風のように3人の心に響いて来たのかも知れません。
 けれども、主イエスの復活を、ただ単に2千年前の出来事として記憶し、記念するというだけでは、イースターの意味がありません。復活した主は「あなたがたより先にガリラヤへ行かれる」(7節)との天使の言葉がありましたが、主の復活は私たちの復活に先立つ“希望のしるし”であると受け止める。つまり、主イエスが復活したように、私たちも復活することができると信じてこそ、イースターを祝う意味がある。そこで初めて、イースターおめでとう!と心から言うことができるのです。
 私たちの教会の一枝であったMさんが4月6日(月)、天に召されました。91歳のご生涯でした。肺炎をこじらせて、と伺いましたが、私は4月1日(水)に3人の子供と一緒にMさんをお見舞いしてお会いしたばかりで、その時はそんな様子もなく、知らせ受けた時は、あまりに突然の出来事に驚き、信じられないような気持でした。
 4月8日(水)、ご遺族の方々と共に、教会で告別式(家族葬)を執り行いました。告別式のためにご奉仕くださった教会の皆様に改めて感謝します。
 イースターを目前に控えた受難週のさなかにMさんが天に召されたことによって、私は、Mさんから一つのプレゼントをいただいたように感じています。と言うのは、Mさんが“あなたは復活を信じますか?”という問いかけを、復活信仰を新たにする機会を、私たちに遺して行ってくれたように思うからです。
 「あの方は復活なさって、ここにはおられない」。復活を信じる信仰、その信仰に、死の恐れと不安に打ち克つ希望がかかっています。悲しみが癒される慰めがかかっています。

 とは言え、そんなに簡単に復活が信じられるわけではないと思われます。空っぽの墓を見、天使のお告げを聞いた3人の女性も、すぐにはそのことが信じられませんでした。「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」(8節)と記されています。
 常識的には、死んだ人間が復活するなど、あり得ないことです。いや、聖書は、死んだ人間が生き返って、再び生きたと証言しているのではありません。
 復活した主イエスは、たびたび弟子たちのもとに現われ、再び福音の宣教を彼らに託し、40日後に天に昇られたと、使徒言行録1章に記されています。つまり、それは、人が生き返るということとは意味が違うということを示しています。
 だから、使徒パウロは、復活することを「天に属する者」(?コリント15章47節)になることだと語っています。それ故、私たちは、復活することを、天国に迎え入れられること、天の上で生きる新しい命、永遠の命を与えられることとして信じるのです。
 けれども、死後の世界、天国とか永遠の命とかいうこと自体、既に人の理性や理屈を超えています。何の証拠もありません。天国に行って、再び地上に帰って来て、“天国は確かにあった。こういうところだった”と証言してくれる人も、もちろんだれもいないのです。頼るものはただ一つ、聖書の御言葉です。「あの方は復活なさって、ここにはおられない」との御言葉です。聖書の御言葉、そこに示された神の愛と約束を信じて受け止める以外にないのです。
 復活とは、頭で理解することではありません。信ずべきことです。死の恐れ、不安、悲しみを前にして、死は命の滅びであり、永遠の終わりであると考えるか、それとも、死に打ち克つ“何か”を希望するが故に、死の先になお命の世界があることを、主イエスはその命の世界に先立っておられることを信じるか、です。死の先になお、天国と永遠の命はあるものと、自分の心を決める、自分の人生態度を定めることです。

 もちろん、すぐに心が決まるとか、定まるということではないと思います。少しずつ、信仰は養われ、深められていくのです。その過程を踏むことで、復活を信じる信仰はしっかりとしたものに定まって行きます。
 けれども、そのためには求めることが大切でありましょう。道を求めて求道し、信仰を求めて信仰生活を歩むことです。
 マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメの3人は、求めたのです。墓に葬られた主イエスのお体に、香料を塗って差し上げたいと、そのことを求めたのです。しかし、彼女たちには一つの不安がありました。「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」(3節)という心配でした。女の力では、とても石を転がすことなどできない。かと言って、だれか男性に前もって頼んでおいたわけでもない。だから、自分たちの行動は無駄に終わるかも知れない。それでも、彼女たちは、ただ主イエスのお体に香料を塗って差し上げたいという一心で墓に急いだのです。そのことを願い求めたのです。
 そして神さまは、願い求める彼女たちに応えてくださいました。「石は既に脇に転がしてあった」(4節)のです。それは、神さまが彼女たちの不安に、彼女たちの求めに先立って働いておられた、ということです。
 それだけではありません。彼女たちが求めていた以上のことを、主イエスを既に復活させておられたのです。主イエスをガリラヤへと先立たせておられた、復活の命へと先立たせておられたのです。
 神さまは、私たちの求めに先立って、既に復活を実現しておられるのです。恐れがあるかも知れません。信じられない気持もあるかも知れません。けれども、求めて進んだら、私たちはいつか、復活の信仰にたどり着くことができるでしょう。きっと慰めと希望を得ることができるでしょう。

 天に召されたMさんのご生涯は、信仰を求め続けた一筋の歩みだったと言って良いでしょう。1981年に夫・Tさんを亡くされたことを機に、ご自分の心の中心になるもの、支えになるものをお求めになって、自分にはキリスト教信仰以外にないと、近所で行われていたSさん宅での集会に出席するようになり、ほどなく初雁教会の礼拝にも出席するようになった。1982年のイースターに受洗。初雁教会で信仰生活を続け、やがて坂戸いずみ教会の前身である坂戸伝道所が1992年に創設された時、19名の信徒の方々と一緒に移られました。それ以来、2年前に歩けなくなって自宅療養、そして入院するまで、礼拝に、夕礼拝に、木曜日の祈り会に、毎週欠かさず、熱心に、喜んで出席されました。段々歩くことが困難になって来ても、朝の礼拝だけはご自分の足で、ご自宅から700mほどの道のりを1時間もかけて、途中で腰を降ろして休み休み、そのようになってもなお通い続けられました。
 Mさんは、自分は年を取ってから、人よりもだいぶ後に信仰の道に入ったのだから、人一倍、聖書の御言葉を学ばなければ、との思いで、それはそれは熱心に信仰をお求めになったのです。いつも礼拝堂の中央、私の方から見て左側の2列目に座って礼拝しておられた姿、また祈り会で窓側の席に座って、聖書講話のプリントに、何か感じたことを熱心に書き込んでいたMさんの姿を思い起こします。
 そのような信仰の歩みの中で、Mさんもまた、神さまの手におゆだねする復活の信仰を養われ、深められていったに違いありません。
 大宮の斎場で、Mさんの棺が窯の内に入って行く時、私は何とも言えないさびしさを感じました。30年近く、信仰を同じくし、主にあってお交わりをいただいたMさんと、もう地上ではお会いすることができない。
 けれども、同時に私はもう一つの強い思いを抱きました。「あの方は復活なさって、ここにはおられな」。Mさんは復活して、ここにはいない。Mさんの魂は、Mさんの命は、天国にある。天の上で、もはや痛みも労苦もなく、イエス様のそばで安らかに憩うている。そして、いつの日かまた、天の上で再会できる。そう信じました。

 「あの方は復活なさって、ここにはおられない」。イースターのこの朝、主イエス・キリストの復活を信じる信仰を、そして私たち自身の復活を信じる信仰を新たにされたいと願います。




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