2009年5月3日 礼拝説教
  聖  書  マルコによる福音書15章42〜47節
  説教者  山岡 創

「 忍耐して待ち望む 」

 先日4月24日に、天に召されたMさんの納骨式を行いました。午前中に越生町にある地産霊園の教会墓地で、ご遺族の方々7名と私、また3名の教会員の方々を加えて納骨致しました。そして、分骨をなさるということで、午後は八王子に移動して、上川霊園のM家の墓地に、ご遺族の方々と私とで納骨しました。
 その際、ご遺族の方の一人が、小さな骨壷を愛(いとお)しむように抱きしめながら、“これでお別れね”と言われた言葉が、とても印象に残りました。おそらく、その方は葬儀の後、分骨した小さい方の骨壷をご自宅に与(あずか)って、Mさんの生前を思い起こしながら、骨壷に向かって話しかけたりしておられたのかも知れません。
 愛する人と最後のお別れをする。葬儀と納骨とがどんなに大切な営みであるかを改めて感じました。

 その意味では、「マグダラのマリアとヨセフの母マリア」(47節)とは気が気ではなかったでしょう。主イエスの葬りができない、否、お葬式どころか埋葬すらできないかも知れないからです。
 主イエスは、ユダヤ人の最高法院に陥(おとしめ)れられて、神さまを冒涜する罪人として死刑判決を受けました。そして、当時ユダヤ人を支配していたローマ帝国のユダヤ総督ピラトの前では、最高法院の議員たちから、ローマ帝国の支配を脅(おびや)かす反逆者として訴えられ、十字架刑に処せられたのです。主は十字架の上で苦しまれ、午後3時過ぎに息を引き取られました(34節以下)。
 主イエスが十字架刑に処せられたのは、「準備の日、すなわち安息日の前日」(42節)でした。「安息日」とは、神さまが6日間で天地をお造りになり、7日目に休まれた聖なる日として、人間もまた一切の仕事・労働を休まなければならない、とユダヤ人の掟に定められていました。だから、例えば女性たちは、安息日に食べる料理を前日の内に作って準備しておいたのです。
 ユダヤ人の安息日は、私たちの暦で言うと土曜日に当たりますが、時間の区切り方が少し違いまして、日没から次の日が始まります。ですから、主イエスが処刑された日の日没になると、既に日が変わり、安息日が始まるのです。
 既に夕方になっていた、と言います(42節)。もうすぐ安息日が始まる。安息日になれば、主イエスを葬ることも、埋葬することも、仕事・労働に当たることとして、できなくなります。そうすると、どうなるか。犯罪者として処刑された者の遺体は、葬られることも、埋葬されることもなく、ローマ兵によって取り捨てられたようです。そんなことは、主イエスを慕って従って来たマグダラのマリアやヨセフの母マリアには耐えられないことだったでしょう。
 犯罪者の遺体は、身内の者が願い出れば下げ渡されたのだそうです。けれども、願い出る身内も現れそうもない。国家反逆者として主イエスは処刑されたのですから、身内は同類として余罪を追及されるかも知れないからです。
 日没が近づくにつれ、マグダラのマリアやヨセフの母マリアは気が気ではなかったでしょう。だからと言って、身内でもなく、また当時社会的ステータスを認められていなかった女性である自分たちでは、どうにもできない。二人は、だれか引き取りを願い出てくれと、祈るような気持であったに違いありません。
 その時、「アリマタヤ出身で身分の高い議員ヨセフが来て、勇気を出してピラトのところへ行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た」(43節)とあります。
 通常、十字架刑に処せられた者が息を引き取るのにはもう少し時間がかかった、翌日になることもあったようです。そのため、総督ピラトが「イエスがもう死んでしまったのかと不思議に思った」(44節)というのは、そういう理由からなのですが、彼は主イエスの死を百人隊長に確認して、主イエスの遺体をヨセフに下げ渡しました。普通は身内でない者には下げ渡さないのでしょうが、ヨセフがユダヤ人の最高法院議員であるという社会的信用に加えて、彼はローマ帝国の市民権も持っていたのかも知れません。いずれにせよ、主イエスの遺体はヨセフに下げ渡され、ヨセフは買い求めた亜麻布で主イエスの遺体を巻き、「岩を掘って作った墓の中に納め」(46節)ました。マグダラのマリアやヨセフの母マリアはホッと胸をなでおろしたことでしょう。

 それにしても、43節に「勇気を出して」とあるように、ヨセフが主イエスの遺体引き取りを願い出ることは、まさに勇気の要ることであったろうと思われます。
 主イエスはとにかく、ローマ帝国に対する国家反逆罪で処刑されたのですから、身内でもない者が引き取りを願い出れば当然、同類として疑われ、取り調べられることになるかも知れないからです。
 また、ヨセフは、主イエスに死刑判決を下したユダヤ人の最高法院の「議員」でした。最高法院は、革新的な教えと活動を続けて来た主イエスを、ユダヤ人の掟を破り、慣習を乱す者として敵視し、また、にもかかわらず民衆に人気があることを妬んで、主イエスを捕えて裁判に架け、神に対する冒瀆罪で死刑を宣告したのです。ヨセフがその死刑判決に賛成したかどうかは分かりませんが、彼はそのような最高法院の議員なのですから、主イエスの遺体を引き取り、埋葬するようなことをすれば、他の最高法院議員たちから白い目で見られ、責められるに違いありません。下手をすれば、裏切り者扱いされ、最高法院から除名され、議員としての高い身分を取り上げられる危険さえあったと思います。
 それでも、ヨセフは勇気を出して、主イエスの引き取りを願い出たのです。その勇気の裏側には、主イエスの同類と疑われ、最高法院から責められ、議員の身分を剥奪(はくだつ)されることも辞さない覚悟があったでしょう。
 それほどまでの危険と損害を覚悟してまで、ヨセフはなぜ、主イエスの遺体を引き取り、葬ったのでしょうか?
 彼は主イエスの弟子であったわけでもありません。マタイ福音書やヨハネ福音書の葬りの箇所(並行記事)には、ヨセフは弟子であったと書かれていますが、もしかしたらこの出来事の後で弟子になったのかも知れませんし、少なくとも今読んでいるマルコ福音書では、彼が弟子であったとは記されていないのです。もっとも、ペトロやヨハネら、弟子であった者たちは逃げ散ってしまい、主イエスの十字架刑の時にも、葬りの時にも出て来なかったのですから、仮にヨセフが弟子であったとしても、そのことは直接的に、彼が勇気を出して主イエスの遺体を引き取ったこととの理由にはならないでしょう。
 では、なぜヨセフは、主イエスを引き取り、葬ったのでしょうか? その理由を知る鍵は、43節の御言葉、「この人も神の国を待ち望んでいたのである」にあると思います。
 神の国を待ち望む信仰は、主イエスの弟子たちだけが、クリスチャンだけが持っているものではありません。当時、敬虔なユダヤ人、ユダヤ教徒は皆、神の国を待ち望んでいました。
 ユダヤ人は当時、ローマ帝国に支配され、苦しめられていました。そのような状態から、神さまが救世主を遣わし、ローマの支配から解放してくださり、神さまに従うユダヤ人の独立国家が復興されることを、ユダヤ人は「神の国」として期待していました。
 そのような非常に現実的な神の国信仰と並行して、この世の苦しみも、悲しみも、死もない神の国で、永遠の命を与えられて、神さまのそばで生きるという希望の信仰もありました。
 しかし、いずれにせよ大切なことは、神の国を待ち望む思い以上に、神の国を待ち望む者にふさわしい生き方、生きる姿勢ではないでしょうか。神の国を待ち望む者として、今を、どう生きるか、ということです。
 ヨセフは、主イエスの生き様を目の当たりにしながら、自分の胸に、そのことを問いかけたのではないでしょうか。ユダヤ人社会の中で、疎外され、見捨てられたような人々に救いを語り、愛を注いだ主イエス。弟子たちに見捨てられても恨まず、最高法院で陥(おとしめ)られ、ののしられても、言い返さなかった主イエス。十字架にかけられながら、最後まで神を信頼し、おゆだねして果てた主イエス。その姿を目の当たりにしたヨセフもまた、39節の百人隊長のように、「本当に、この人は神の子だった」と感動したに違いありません。
 省みて自分は、自分たちはどうか。最高法院として、主イエスの人気を妬み、掟を盾に取って主イエスに罪を着せ、十字架刑に陥(おとしい)れて憚らない。何ら罪を感じていない。そういう自分たちは、自分は、神の国にふさわしいのか。神の国を待ち望む者として生きていると言えるのか。言えないではないか。ヨセフは自分のことを、強くそう感じたのではないでしょうか。そして、そのような自分を悔い改めて、神の国にふさわしい者として今を生きるために、彼は、たとえ議員としての身分を捨てることになろうとも、主イエスの遺体を引き取り、埋葬しようと考えたのではないでしょうか。
 そして、そう心を決めた時、ヨセフの胸の内には爽やかな喜びが生まれたに違いありません。私たち人間は、“こうしたら得だ、こんなことをしたらやばい”という損得計算と、“人としてこうするべきだ”という思いの間に挟まれて、葛藤し、迷います。けれども、その迷いを吹き払って心を決めると、私たちの胸には、爽やかな喜びが、“これで良し!”という潔(いさぎよ)い納得が湧き上がります。この時、ヨセフの胸の内にあったものは、この充実した喜び、納得であったに違いありません。

 「神の国を待ち望む」ということは、将来のことや死んだ後のことだけの問題ではありません。神の国を待ち望む者として、今はどう生きるかという姿勢とつながっています。主イエスは、「実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ」(ルカ17章21節)と教えられました。今、ここに、神の国があるものとして生きる。それは、神さまのそばで、主イエスのそばで生きるということです。目には見えないけれど、その神さまを、主イエスを前にして、自分に勇気があるか、愛があるか、誠実があるか、赦しがあるか、自分自身に問いながら生きることです。
 今年度の私たちの教会の標語聖句は、「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である」(ヨハネ8章31節)という御言葉です。本当に弟子であるとは、こういうことではないでしょうか。弟子であっても、主イエスを見捨て、神の国から逃げた人々がいました。弟子でなくとも、勇気を出して主イエスの遺体を引き取ったヨセフがいました。要は、表向き、形の上で弟子であれば、よいのではない。神の国にふさわしく生きてこそ、本当の弟子だと思います。
 私たちも、時々、神の国を忘れる弟子かも知れませんが、その度に、主イエスの言葉と姿を思い起こし、悔い改めて、神の国を待ち望むクリスチャンとして歩みましょう。




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