2009年7月26日 大人と子供の礼拝説教
  聖  書  創世記9章8〜17節
  説教者  山岡 創

「 虹 〜 約束のしるし 」

先日、Yさんが足に怪我をして、一緒に、毛呂山町の埼玉医科大学付属病院まで診察を受けに行った日がありました。幸い、骨折はしておらず、ねん挫で済みました。その帰りがけのことです。坂戸の入西ニュータウンから、関越高速と高麗川を越える陸橋を渡っていると、Yさんが、右側に虹が見えると言います。私は運転中でしたので、ゆっくり見ることはできませんでしたが、右手の方をチラッと見ると、虹の右端の下の方の部分が見えました。かなり大きな虹でした。アーチの他の部分が見えるかと思って、ちょっと探してみましたが、見つかりませんでした。
 昔の人々は、虹は神さまの“約束のしるし”だと考えていました。今日読んだ聖書の御言葉によれば、神さまご自身が、虹を見て、もう2度と人間とすべての生き物を洪水によって滅ぼさないと約束したことを思い出すためのしるしだということです。昔の人々の信仰はロマンチックだなあ、と感じます。

 こどもチャペルでは7月の間、創世記の〈洪水物語〉を学んで来ました。神さまは、「地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを思い計っているのを見て、地上に人を造ったことを後悔し、心を痛め」(6章5節)ました。そのために、洪水によって地上を一度滅ぼし、リセットしようとお考えになったのです。その際に、救いの代表として選ばれたのがノアでした。ノアは、「その世代の中で‥‥神に従う無垢な人であった」(6章9節)と記されています。
 神さまは、ノアに大きな箱舟を造るようにお命じになりました。それは、長さ約135m、幅22.5m、高さ13.5mもある、3階建ての舟でした。その舟に、ノアとその家族と、動物を雄雌1組ずつ乗せよ、と言うのです。ノアは、神さまの言葉に従って、命じられたとおりに舟を造りました。
 やがて激しい雨が降り始めます。雨は40日40夜降り続き、山もすべて覆われてしまうほどの洪水となり、地上の生き物はすべて息絶えます。
 やがて水は次第に減り始めました。ノアは箱舟から鳩を放って、地上が乾いたかどうかを確かめようとします。鳩はオリーブの葉をくわえて戻って来ました。その7日後にもう一度鳩を離すと、もはや鳩は帰って来ませんでした。それによりノアは地上が乾いたことを知ります。約1年後に「地はすっかり乾いた」(8章14節)と書かれています。
 ノアは箱舟から降り、祭壇を作って動物を焼き尽くす献げ物としてささげ、神さまを礼拝します。その献げ物の薫りをかいで神さまが約束されたことが、もう2度と洪水で地上を滅ぼさないということであり、その約束のしるしとして、神さまは雲の中に虹を置いてくださったのです。

 ところで、皆さんは、この教会の入り口の吹き抜けに飾られているステンドグラスを意識して、よーく見たことがありますか? 虹がかかっています。下の方の祭壇からは焼き尽くす献げ物の薫りが立ち上っています。虹の上の方には、オリーブをくわえた鳩が飛んでいます。そうです。教会の入り口のステンドグラスは、ノアの洪水物語の最後の場面を描いたものなのです。
 それだけではありません。この教会の建物自体がノアの箱舟をイメージしています。私が立っている後ろの部分が舟の舳先ですね。だから、私たちがこうして礼拝のためにここに集まる時、私たちはこの世の嵐と洪水を逃れ、人生の苦しみ悩みを逃れて、神さまの救いと平安の箱舟に乗っている。そういうイメージで礼拝を守りたいと願って、この教会は建てられているのです。

 神さまは、2度と洪水で地上を滅ぼさない。2度と人間と生き物を打ち滅ぼすことはしないと約束して、そのしるしとして虹を置いてくださいました。
 ところで、神さまの救いの約束が2つあることを知っていますか? 実は旧い約束と新しい約束があります。そして、旧い約束を語っているのが“旧約聖書”、新しい約束のことが書かれているのが“新訳聖書”です。
 洪水の後で、神さまがノアと約束されたのが、旧い約束です。人間が悪いものであっても、もう2度と人間と生き物を滅ぼさない。その約束のしるしとして、神さまは雲の中に虹を置かれました。
 それでは、新しい約束のしるしは何だか知っていますか? ‥‥‥それは、十字架です。神さまの独り子イエス・キリストさまがお架かりになって死んだ十字架です。
 洪水の後も、人間は神さまに背いて罪を犯しました。悪いことを心に思い計り、罪を重ねて、悪を増しました。でも、神さまは2度と人間を滅ぼさないと誓って約束をなさったのです。そこで、神さまは御自分の独り子イエスさまを、地上にお送りになりました。イエスさまを通して、御自分の心を私たちに伝え、罪と悪を悔い改めさせようとなさいました。でも、人の罪と悪はなかなか改まりません。そのために、本当なら私たち人間が滅ぼされるところを、イエスさまが身代わりとなって、十字架の上で滅ぼされてくださったのです。
 十字架は、今も私たちの心の中にある罪と悪の身代わりとなって、イエスさまが滅ぼされてくださったしるしです。そのお陰で、私たちが神さまに赦され、救われたしるしです。だから、教会は必ず十字架のしるしを掲げます。この十字架を見る時、イエスさまのお陰で、私たちが救われたことを思い出しましょう。そして、感謝して神さまを礼拝する者となりましょう。





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