2010年6月20日 礼拝説教
  聖  書 ルカによる福音書15章11〜32節

  説教者  山岡 創

「 “わたし”は愛されている 」

 ルカによる福音書15章〈放蕩息子〉のたとえ。主イエスのなさったたとえ話の中で代表的なものの一つです。教会生活、信仰生活の長い方は、何度も読み、聴いた、よく知っている聖書の御言葉でしょう。
 先日も、5月16日に行われた教会創立記念日の研修会で、講師としてお招きした疋田國磨呂牧師が取り上げられました。疋田先生から、聖書を自分で読み、黙想し、自分に語りかけられている御言葉を聴くディボーションの初歩について学び、その場で実際にやってみました。その際、ここを読んでみましょうと与えられたのが、この〈放蕩息子〉のたとえでした。あの時、参加された方は、“わたし(自分)”に、どんなメッセージが語られているとお感じになったでしょうか。
 今、礼拝ではヤコブの手紙の連続講解説教が終わり、次の連続講解説教を始める前に、もう一度、改めてこの御言葉をご一緒に黙想してみようと思いました。

 〈放蕩息子〉のたとえを読むと、一人一人、様々なことを思いめぐらすことでしょう。もちろん、私もその一人です。
 私はここを読むと、まず自分を弟息子のようだと感じます。彼は、自分勝手に父親の財産を生前贈与させ、父親から遠く離れた場所に旅立ち、やりたい放題、放蕩の限りを尽くします。しかし、そのような生活は長続きしない。何もかも使い果たし、しかもその地方に飢饉が起こって、弟息子は飢え死にしそうになります。
 その窮地に立たされて、彼は我に返り、父親のもとに帰って謝ろうと決心します。もはや息子と呼ばれる資格はない。雇人にしてもらおう。そう思って彼は帰るのです。
 ところが、父親は、その弟息子を大喜びで迎え、雇人ではなく当然のように“息子”として受け入れ、祝宴を開いた、というのです。
 私は、この弟息子のように人生を放蕩し、そういう自分のことを弟息子のように「もう息子と呼ばれる資格はありません」(19節)と考えていた、と感じています。そして、私もまた、思いがけなく「この息子」として父親に、いや父なる神さまに受け入れられる恵みを味わったのです。
 私は16歳で洗礼を受けましたけれども、その時はまだ、神さまの御心に従って生きようとは考えていませんでした。自分(の力)に自信を持って生きていました。
今、南アフリカでサッカーのワールドカップが開催されています。初戦はカメルーンに勝ち、昨日はオランダに惜敗し、日本の試合に一喜一憂しながら、ちょっと寝不足気味になりながら過ごしていますが、私も10代の当時はサッカー少年で、礼拝に出席するよりも、とにかくサッカーがしたい、サッカー優先の生活をしていました。
 ところが、高校を卒業する時、私は“サッカー・ばか”のような生活をしていましたから、自分の進路に悩みました。社会人サッカーにはおこがましい話ですが魅力を感じず、さりとてプロになりたくても当時日本にはJリーグはなし。そこで、取りあえず大学に入っておこうと考えたわけですが、サッカーをしている時のような、燃えるような気持がなくて、受験勉強になかなか身が入りませんでした。そのために現役で落ち、一浪してまた駄目で、二浪することになったのですが、依然としてやる気が出て来ないのです。自分の無気力さに嫌悪を感じ、何もできないと無力感を感じ、惨めで、情けなく思っていました。豚の世話をしながら、豚のえさを食べてでも腹を満たしたいと願った弟息子も、ふと“俺は一体何をやっているのか”と、自分のことを情けない、惨めな人間と感じたに違いありません。私もそうでした。弟息子が「財産を無駄遣いしてしまった」(13節)ように、私も人生を無駄に生きているような、そんな気持でした。そして、ついには自分の存在を、生きている値打ちのない、誰からも必要とされていない“穀潰(ごくつぶ)し”、だめ人間だと感じるようになりました。“自分はこれでいい”と安心して生きられませんでした。挫折と不安の中で、安心に飢えていました。しかし、人生の安心が見つからず、私の魂はまさに「飢え死にしそう」(17節)でした。
 言わば、私はその時、「もう息子と呼ばれる資格はありません」(19節)と感じていたのです。人生を無駄遣いして、がんばれず、何の結果も出せない自分は、神さまに認められ、愛される資格のない“だめ人間”だ。そう思っていました。
 この思いの根っこにあるもの、それは“人間は自分の力で努力して、がんばって、結果を出さなければならない。そうでなければ生きている価値がない”、そういう人生観、人間観です。当時はそこまで自分の根っこにあるものを意識してはいませんでしたが、つまり、そういう価値観で私の心は支配されていたのでしょう。
 だから、“自分はこれでいい”という安心を得るためには、自分で努力して、結果も出して、“自分はこれだけやっています。がんばっています”と、自分の力で安心をつくり出す以外になかったのです。けれども、それができないから不安で不安でたまらなかったわけです。それが、「もう息子と呼ばれる資格はありません」という弟息子の言葉に象徴される価値観とその気持です。
 そういう私が、信仰により、御言葉によって全く違う価値観と出会わせていただいたのです。何もできない惨めな駄目人間の私を、“お前はそのままで生きていて良いのだ”と、私を受け入れ、赦してくださる神の恵みと出会ったのです。肩の荷が下りて、生きるということが本当に軽くなりました。“自分は生きていていい”。生き方が180度変わった瞬間でした。それは、人は自分の力で生きなければならない、という人生観から、人は神の力におゆだねして生きて良い、という人生観への転換、出会いであったと言うことができます。
 もちろん、自分の力で考え、努力することは、私たちにとって必要な人生の営みであることは言うまでもありません。けれども、すべてを自分の力で負わなくていい、いや、負うことなどできないのだと思います。そのことを、20節の「まだ遠く離れていたのに」という御言葉が示しています。弟息子は、「もう息子と呼ばれる資格は(ない)」と思い、それでも少しでも自分の力で償おうと考え、雇人にしてもらおうと心に決めたのです。けれども、それではまだまだ足りなかったのです。
 私たちには、どうしても負い切れないこと、できない場合があるのではないでしょうか。失敗し、挫折することがあるのではないでしょうか。そういう私たちの弱さを、神さまはよくご存じだから、「憐れに思い、走り寄って抱き」(20節)しめてくださるのです。私たちの至らない、罪深い人生を、その大きく、深い愛と赦しの中に抱きとめてくださるのです。
 私は、そのような神さまの救いと出会わせていただきました。その時だけではありません。自分のことを、だめな牧師と感じた時も、だめな夫と感じた時も、だめな父親と感じた時も、そう思って、挫折し、後悔し、落ち込んだ時も、私のことをなお「この息子」(24節)と呼んで下さり、受け入れてくださる、愛してくださる神の救いをいただいて来ました。そして、その度に、人生を立ち上がらせていただいたのです。
 それが、私が自分のことを弟息子のように感じる救いの実感です。

 他方、私は自分のことを兄息子のようだと感じることも少なからずあります。
 兄息子は、何年も父親に仕えて働き、言いつけに背いたことは一度もありませんでした。一生懸命、まじめに生きているのです。ところが、弟が自分勝手に家を飛び出し、「娼婦どもと一緒にあなた(父親)の身上を食いつぶして」、のめのめと「帰って来ると」(30節)、父親が怒り、叱るどころか、息子として迎え、「肥えた子牛をほふって」(30節)喜び祝っていることに納得が行かず、腹を立てたのです。
 無理もありません。父親は、「祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」(32節)と言うけれど、当たり前のはずがない。理不尽ではないか。これでは兄が報われない。かわいそうだ‥‥‥そう感じた方も、少なからずいらっしゃることでしょう。
 私も同じように感じたことがあります。青年のとき、自分が一生懸命に奉仕や青年活動をやっていて、その一方で全然やる気のない青年を見ながら、苦々しく感じていたことがあります。私自身が弟息子のように救われたことがあるのに、何もできない無力な自分が神さまに愛され、受け入れられているのに、自分はそういう人を受け入れられないのです。そういう恵みの体験をした後であっても、そのように考えてしまうのです。かえって神さまの恵みを粋(いき)に感じて、その恵みに応えようと一生懸命になっていますから、余計に始末に悪いのです。
今でも、時々そんなふうに思うことがあります。これは懺悔(ざんげ)として聞いていただきたいのですが、教会の中で、自分の働きに色々なことが集中し、一生懸命、でも余裕がなくなって来ると、教会員の皆さんに、“もうちょっとやってよ”とつい思ってしまうことがあります。埼玉地区等の働きの中で、周りを見て、自分が多くの働きを負っていると、“どうして自分ばかりが”と不平を感じることがあります。しかし、そんな時、ハッとして自分を戒めるのです。“お前、お兄さんになっているぞ”と。
 私たちは、自分がまじめに、一生懸命がんばって生きていればいるほど、そうでない人を見るとゆるせない気持になるのです。不平が出るのです。自分が報われていないような気持になるのです。
 けれども、そういう私たちの気持の方が「当たり前」と思ったら、私たち自身が神さまの御心から遠く離れていることになります。人間的にはまじめで一生懸命でありながら、信仰的には、主イエスの御言葉と対立し、神さまに喜ばれない状態に陥っています。
 2千年前の当時、〈放蕩息子〉のたとえを、この兄息子のように感じた人々がいました。それは今日の15章の冒頭にも出てきた「ファリサイ派の人々や律法学者たち」(2節)です。「徴税人や罪人」(1節)を弟息子のように生きていると非難し、主イエスに対し「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」(2節)と不平を言った彼らです。主イエスと敵対し、最後には主イエスを十字架に架ける片棒を担いだファリサイ派の人々と律法学者たちです。私たちは、ファリサイ派、律法学者のようにはなりたくありますまい。けれども、自分を省みていないと、また御言葉に聴き従おうとしないと、そのようになるのです。兄息子と同じ気持になるのです。
 〈放蕩息子〉と言えば、私たちは、弟息子の方を思い浮かべるでしょうが、実は、兄息子もまた、父親の心からかけ離れているという意味で放蕩息子なのです。まじめで、一生懸命なだけに、かえって自分の「放蕩」に気づきにくい。ある意味で、兄は弟以上に、父親の手を焼かせる放蕩息子でありましょう。
 けれども、今日の御言葉を黙想しながら私が感動するのは、父親(神さま)が決して、そのような兄息子の気持を否定していない、ということです。28節に、怒って家に入ろうとしない兄を「父親が出て来てなだめた」とあります。冷たく突き放して、頭を冷やせと放っておくのではない。弟息子の時のように、またもや父親の方から近づいて行くのです。そして、頭ごなしに叱ったり、正しい意見で承服させようとしたのではなく、なだめたというのです。父親は、兄が怒る気持も無理はないと受け止めてくださっているのです。兄の気持を抱きとめて、いつの日か、ご自分の心の分かる時が来るだろうと信じて待っておられるのです。

 父親は、自分中心に生きる弟息子の帰りを待ち、また、父の心から離れて生きている兄息子の気持も汲みながら、その帰りをも待っておられます。
「この息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ」(24節)、「祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」(32節)と語りかけられる神の御言葉、その心が、いつかきっと私たち一人一人の胸に通りますように祈ります。






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