2012年年4月15日 礼拝説教
  聖  書  ルカによる福音書7章11〜17説
  説教者  山岡 創

「返してくださる神」
                        
 主イエスは、ガリラヤ地方のナザレという町で幼少期、そして青年期を過ごされました。いわゆる故郷です。そのため、長じて主イエスが神の恵みを宣(の)べ伝え始められたとき、その舞台となったのはガリラヤ地方でした。主イエスはガリラヤ湖周辺の町や村を行き巡(めぐ)られました。「ナイン」(11節)も、その一つです。
「イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺(ひつぎ)が担ぎ出されるところだった」(12節)。
とあります。町を出て、郊外の墓地に埋葬(まいそう)に行くところだったのです。主イエスは、その葬儀の行列と、町の入口で出くわしました。
 葬儀の行列と出くわす。決してめずらしい光景ではなかったと思います。ある意味で、日常的な光景だったでしょう。
 私たちも、町を通っていると、しばしば葬儀案内の看板を見かけることがあるでしょう。それを見ると、今日もどこかのご家庭で不幸があったのだな、と思います。
 けれども、私たちは、自分の身内や知り合いの葬儀でなければ、ほとんど悼(いた)み、悲しむことはありません。そこに、自分との深い関わりがないからです。
 ところが、主イエスはそうではありませんでした。見ず知らずの一人息子の死と、それを葬る見ず知らずの母親の姿を見て、「憐(あわ)れに思っ(た)」(13節)というのです。

 「憐れに思う」という言葉は、ルカによる福音書の中に何度か出て来ます。例えば、10章で主イエスが語られた〈善いサマリア人〉のたとえ話の中で、強盗に襲われ、道端に倒れていたユダヤ人の脇(わき)を、旅のサマリア人が通りかかった時、「その人を見て、憐れに思い」(10章33節)とあります。そこで彼は、傷の手当てをし、宿屋に連れて行って介抱します。実はサマリア人はユダヤ人とは仲の悪い、犬猿(けんえん)の間柄でした。それなのに‥‥です。ちなみに、サマリア人の前に、見て見ぬふりをして通り過ぎて行ったユダヤ人が二人いました。
 また、15章の〈放蕩(ほうとう)息子〉のたとえ話においても、父親に財産を生前贈与させて、遠くの町で遊び暮らしていた息子が、落ちぶれて家に帰って来たとき、その父親は「息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した」(15章20節)とあります。どの面(つら)下げて帰って来たか!と怒鳴られても不思議ではない場面で、父親は怒りではなく、憐れに思ったと言うのです。
 見ず知らずの相手だったり、犬猿の仲の相手だったり、勝手をして散々迷惑を掛けられた相手だったり‥‥‥「憐れに思」わなくてもおかしくないのですが、主イエスは、主イエスのたとえ話の主人公は皆、憐れに思うのです。それが、“神の気持”なのでしょう。人が人に対して思う気持ではなく、神が人に対して思う気持です。それが、ここで言う“憐れみ”です。
 ちなみに、「憐れに思う」と訳されている元の言葉(ギリシア語)は、“はらわたが痛む”という意味の言葉です。相手の悲しみ、相手の苦しみを思うと、自分のはらわたがよじれ、腹が痛む。それほどに、相手の悲しみ、苦しみを自分のもののように感じるのです。それが、神の気持です。
 神さまというお方は、そのように一人ひとりの死に、そして愛する者を送る一人ひとりの悲しみを、憐れに思い、腹を痛める方なのだと私は思います。たまたま町の入口で出くわした人の死と悲しみであっても、自分に無関係な、見ず知らずの人の死と悲しみであっても、本人にとっては耐えがたい悲しみであり、心の痛みです。そういう人の悲しみと痛みを、神さまはご自分も感じてくださる。無関係な傍観者(ぼうかんしゃ)として振る舞うのではなく、寄り添って、悲しみを共にしてくださる。それが、私たちの信じる神なのです。神さまというお方は、そういう意味で“私の神”“私一人の神”なのです。

 主イエスは、一人息子を失い、悲しむ母親を見て、憐れに思われました。そして、「もう泣かなくともよい」(13節)と声を掛けられました。そのように慰めの言葉をかけることができたのは、主イエスただお一人だけだったのではないでしょうか。「町の人が大勢そばに付き添っていた」(12節)と言います。けれども、だれも言葉をかけられなかったことでしょう。
 愛する者を失い、悲しむ人を前にして、私たちは言葉を失います。憐れに思っても、しかし、何と言葉をかけていいか分かりません。クリスチャンだからと言って、牧師だからと言って、復活だ、天国だ、永遠の命だと、神さまが助けてくださると、軽々しく声をかけることはできないのです。何か言葉をかけなければと焦(あせ)って、口を開くと、大概(たいがい)、後で後悔します。人の死の悲しみを前にして、私たち人間は無力です。ただ、その場にいるしかない。その人に寄り添うしかない。沈黙して悲しみを、共に耐えるしかないのです。
 人の死の悲しみに慰めの声をかけることができるのは、御言葉を語ることができるのは、ただ主イエスだけです。「もう泣かなくともよい」。そう言えるのは神さまだけです。それは、失われた一人息子を生き返らせることができる全能の力をお持ちだからです。母親に息子をお返しになる復活の力をお持ちだからです。その力を信じることが、私たちの慰めの源、信仰の土台です。

 けれども、「もう泣かなくともよい」と言われても、涙が止まらないのが、愛する者を失った悲しみではないでしょうか。もし現実に返してもらえるなら、すべての人が、愛する人を返してほしいと心から願うに違いありません。しかし、神さまを信じたからと言って、愛する者が生き返るわけではないのです。ならば、「もう泣かなくともよい」との御言葉は、どういう意味で受け止めればよいのでしょう。
 I 教会の牧師であるK先生のお連れ合いであるG婦人が、4月6日に天に召されました。K先生は私と同年輩の方で、教育委員会の仕事を一緒にして、お交わりがありました。私は、10日の夜に前夜式があり、参列しました。
 G婦人は数か月前に乳癌が見つかりました。一時は、二人で死を覚悟したと言います。しかし、幸いにもリンパ以外には転移がなく、放射線治療によって癌細胞も小さくなって、6月に手術をして取り除けば生きられるのではないかと希望を持っていた矢先のことだったそうです。最近では、英会話教室など日常的なお仕事もなさっていたのですが、全く違う死因で、ベッドで眠るように亡くなられていたということです。
 K先生は、ご自分で葬儀の司式をなさいました。“無理をするな。代わりにやろう”という先生が何人かおられたそうですが、先生は、“これを自分でしなければ、自分が今まで語って来たこと、信じて来たことは何なんだ。みっともなくても、涙を流しながらでもいいじゃないか”と思ってなさったそうです。
 カナダに住むG婦人の母親に、婦人の死を伝える時がとても辛かったと言います。けれども、お母さんは、“娘は、イエスさまが十字架にかかり死なれた受苦(じゅく)日になくなったのね。それならば、イースターにイエスさまと一緒に復活するわ。日本での葬儀のことはすべて、あなたに任せます”と気丈にも言われたそうです。
 婦人の死を役場に届け出るには、婦人のパスポートが必要でした。けれども、探しても探しても見つからない。その代わりに、婦人の洗礼証明書が出て来たそうです。その時、K先生は、地上のパスポートは見つからなかったけれど、天国へのパスポートは確かにあった。その出来事に、とても慰めと希望を感じられたそうです。
 一昨日13日に、この教会で教育委員会があり、K先生と同席しました。後から来る人を待っている間、先生とお話しましたが、先生は“もちろん悲しいし、辛いし、さびしい。まいっている。‥‥‥けれども、それだけではない。悲しみの中に、感謝がある。希望がある。今回のことを通して、復活を信じる信仰って、本当にすごいな。神さまを信じていて、本当に良かった”とお語りくださいました。
 私は、K先生が感じられ、語られた言葉の中に、「もう泣かなくてもよい」という主イエスの御言葉を受け止める鍵があると思います。愛する者が生き返ってくるわけではない。けれども、亡くなって、失って、すべて終わりではない。私たち一人ひとりを憐れに思う愛と全能の神が、その後のことを用意してくださっている。天の御国を、永遠の命を、再会の時を用意してくださっている。そこに感謝がる。涙と悲しみの中にも希望がある。それが、復活を信じる信仰の恵みでありましょう。「もう泣かなくてもよい」との御言葉を信じる信仰でしょう。

 主イエスは、母親に一人息子を返してくださいました。それは、私たちにとって、感謝と希望を返してくださったということだと私は思います。人の命は、いつか召されます。けれども、神さまは信仰によって、感謝と希望を返してくださるのです。
「若者よ、あなたに言う。起きなさい」(14節)。
 この御言葉は、だれに向かって語られた言葉でしょう? 直接には、亡くなった息子自身に語られています。けれども、そうではなくて、私は、一人息子を失った母親に、愛する者を失う悲しみを味わうことがある私たちに、語りかけられている言葉だなあ、と初めて気づかされました。
 わたしはあなたに、希望と感謝を返そう。だから、あなたに言う。起きなさい。絶望と悲しみだけに支配されて、うずくまったままで終わらず、わたしを信じて、復活の希望と感謝を杖にして、起き上がり、立ち上がり、自分の命を生きて行きなさい。そう語りかけられているように感じます。



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