2012年7月15日 礼拝説教
  聖  書  ルカによる福音書9章1〜6節
 説教者  山岡 創

「何も持たない旅」

 今日読んだ聖書箇所では、イエスさまが12人の弟子たちを、伝道の旅に遣(つか)わす場面が描かれています。今までイエスさまは、弟子たちを一緒に連れて旅をして来ました。弟子たちはイエスさまの教えを聞き、イエスさまのなさる業(わざ)を間近で見て来たわけです。そこで、“もうそろそろ良いだろう”といった感じで、イエスさまは、一人ひとりを「神の国を宣べ伝え、病人をいやすために」(2節)、“行って来なさい”と、旅へと遣わされたのです。
 私も旅が大好きです。旅先を紹介する番組は数々ありますが、最近わたしは、土曜日の8時から放送している〈旅サラダ〉という番組をDVDに録画して、よく見ています。1ヶ月前ぐらいに、たまたまその番組を見た際に、スイスの旅の特集をしていました。洞窟を流れ落ちる滝やレマン湖の周りに広がるぶどう畑の風景、山小屋の棚に並ぶ丸いチーズ、放牧されている牛の群れとアルプスの山々‥‥‥まさに“アルプスの少女ハイジ”の世界だなあ、と思いながら、楽しく見ています。いつか一度、スイスに行ってみたいですね。
 外国にはなかなか行けませんけれども、先日、開拓伝道協議会という研修会で、茨城県まで旅して来ました。竜ヶ崎教会、神の愛キリスト伝道所、そして常陸大宮伝道所をお訪ねして、私たちの坂戸いずみ教会が開拓伝道をしていた頃のことを思い出しながら、同時に様々な伝道のアイデアと“やる気パワー”をいただいて来ました。
 私は、初めての土地に行くと、その町の風景や雰囲気を知りたくて、走りたくなります。開拓伝道協議会の際も、宿泊したビジネスホテルを出発し、龍ヶ崎の街を抜け、牛久沼の周りをジョギングして来ました。グルっと一周したかったのですが、そうすると20キロぐらいありそうなので、それは無理とあきらめ、小川芋銭(うせん)という画家を記念した河童の碑という沼のほとりの記念碑のところまで行って帰って来ました。
 今年の夏も、役員会から休暇をいただきました。“さて、どこへ旅しようかな?”とワクワクしながら考え中です。

 主イエスは、弟子たちを旅へ、伝道の旅へと遣わされました。ところで、今日の聖書箇所を読んで、皆さんのいちばん印象に残った御(み)言葉はどこでしょう?かなり多くの方が3節の御言葉に引き付けられたのではないでしょうか。私も最初に読んだときに、いちばん印象が強かったのは、やはり3節でした。
「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持って行ってはならない。下着も二枚は持って行ってはらなない」(3節)。
 普通に考えたら、“それはイエスさま、無茶でしょう、無謀でしょう”と言いたくなります。旅先で生活するために必要なものを一切持って行かないように、と言われるからです。そして、この御言葉を自分の信仰生活に取り入れるのは難しい、無理と、今日の御言葉に対してマイナス・イメージを感じていらっしゃるかも知れません。
 けれども、ここ2年ほど取り組んでいるディボーションでもお話しましたが、聖書を読むときに大切なのは、そこにどんな“神さまの約束と恵み”が書かれているかを見つけることです。そう考えて読み直してみると、ちゃんと約束と恵みが書かれている。イエスさまは弟子たちに、何も持たせずに、手ぶらで旅に遣わされたわけではありません。ちゃんと大切なものを持たせて、恵みを与えて遣わされています。
「イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった」(1節)。
 最初にこう書かれています。イエスさまは弟子たちに、杖も袋もパンも金も持って行ってはならないが、“これを持って行け”と「あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力」を授けてくださっているのです。これはつまり、“自分の力で伝道し、生活するのではなく、神さまを信頼し、神の力で伝道し、生活しなさい。それが信仰だよ”と、イエスさまは教えておられる、ということです。この教えは、イエスさまが山の上で説教をなさった際の、「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(マタイ6章23節)と語られた教えと相通じるものがあります。
 自分の力に頼むのではなく、神の力により頼んで伝道し、生活する。では、杖も袋もパンも金もなくて、どうやって生活するのか?
「どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい」(4節)。
 あなたを迎えてくれる家がきっとあるから、その家で世話になりなさい、と言うのです。他人の家で世話になることによって、自分の力ではなく、神の恵みによって支えられていることを実感できるのです。私たちは、自分の力で生きていると思っているときは、たぶん人生の本質の半分も分かっていない。人に助けられ、支えられることで、人生がお互いに助け合い、支え合うものであるという意味が分かって来て、謙虚にされます。人を愛することも学びます。そういう中で、私たちの命というものが、神さまに与えられたものであり、神さまに支えられ、生かされてあるという恵みも、より深く感じるようにされるのです。
 もしも迎え入れてくれる家がなかったら、「彼らへの証しとして、足についた埃を払い落しなさい」(5節)と言われます。イエスさま、優しいなあ、と思うのです。この言葉は、“神の国の教えを聞かない人々が悪いんだ。こっちのせいじゃないよ”みたいなニュアンスですが、私はそうではなくて、伝道の旅がうまく行かなかったとき、弟子たちが、自分はだめなんだと落ち込まないように、“いいんだよ、簡単じゃないんだよ”と、イエスさまが弟子たちを優しく配慮してくださっている言葉のように感じます。

 さて、今日の御言葉を黙想しながら、今日の話はまさに“私自身”のことではないか、と感じました。牧師とは、神の国の恵みを宣べ伝えるべく、イエスさまから御言葉を語る力と癒しの権能を授けられて、遣わされて働きます。私に、どれだけ語る力があるか、どれだけ人の魂をいやす力があるか分かりませんけれども、自分の能力や計算ではなくて、神さまの力により頼んで伝道し、生活する。そういう私を迎え入れてくれた「家」が教会、この坂戸いずみ教会だったということです。皆さんはまさに、一人の旅する伝道者を迎え入れてくれた「家」なのです。この家に、この教会に支えられて、私は伝道し、生活している。そのことを改めて今日の御言葉から思いました。
 そういう中で、自分の力ではなく、神さまの力で伝道するとは、どういうことか?最初にお話した開拓伝道協議会に参加して、感じたことがあります。多くの伝道のアイデアと“やる気パワー”をいただいたと言いましたが、そのアイデアの一つが、竜ヶ崎教会で行われていた〈サムエル・ナイト〉というプログラムです。これは、土曜日の夕方、小中学生、高校生や青年たちが教会に集まり、夕食と夜の活動を共にし、そのまま教会に宿泊して、翌日の日曜日の礼拝に参加しよう、というプログラムです。次世代の青年や子どもたちを育て、信仰を受け継いで行くプログラムです。竜ヶ崎教会では、このプログラムを月に2回行っているそうです。
これをやったら子どもたちは喜んで集まって来るだろうなあ、そして教会がより一層好きになることは明らかです。“教会大好き”の子どもたち、青年たちが育ちます。
けれども、ネックは土曜日開催ということです。特に牧師にとっては痛い。土曜日は礼拝説教や日曜日の諸準備の日だからです。私は、竜ヶ崎教会牧師の飯塚先生に、“だれがリードとお世話をするのですか?”と聞きました。付属幼稚園の卒園生の親や保育士の方々も手伝ってくださるそうですが、先生自身ももちろん関わっているとのことでした。“そしたら、いつ説教の準備をするんですか?”と私。“そりゃあ、並行してやるんだよ”という答えでした。それはきっついなあ!と思いました。
飯塚先生もこのプログラムを知ったとき、すぐには実行に移せなかったと言います。しかし、思い立って数年前からお始めになった。牧師だけでなく、幼稚園の園長をなさり、更に関東教区144教会・伝道所の副議長もなさっている方です。忙しさは半端じゃない。それでもサムエル・ナイトをやろうと決断した背景には、自分の力ではなく、神さまの力で伝道するんだという信仰が、常識的な判断に勝ったからではないでしょうか。
そんなお話を聞いて、帰って来て、“私もやろう”という気持にさせられました。どうかわたしのために祈ってください。そして、可能な方はぜひ協力してください。

 自分の力ではなく、神さまの力で伝道し、生活する。それは、牧師だけに当てはまることではありません。信徒の皆さんにも、もちろんイエスさまは語りかけておられるのです。毎日、仕事をし、家事をし、学校で学ぶ時にも、家族と生活し、人とお付き合いする時にも、何かを選択し、決める時にも、そして信仰のすばらしさを証しし、だれかに伝える時にも、自分の力と考えだけでするのではなく、神さまに祈り、御言葉を聞き、神さまの力の助けを求めて、謙遜に、感謝して、ゆだねて行いなさいと、語りかけられているのです。
 『信徒の友』という月刊誌がありますが、その7月号の冒頭〈みことばにきく〉というコーナーで、横山晃一郎さんという半田教会の信徒の方の人生が取り上げられていました。横山さんは、名古屋の私立大学で法学の教員をなさっていました。その横山さんがある日、“九州大学から招聘(しょうへい)があるのですが、どうしたらよいでしょうか”と、篠田牧師に相談がありました。“今辞めると、在職19年。九州大学での定年まで19年。いずれも年金受給資格に1年不足するので、いささかためらいがある”との相談でした。当然の悩み、迷いです。
 けれども、牧師の勧めもあって、横山さんは九州大学へ転任しました。しかし、定年を迎えるよりも早く、すい臓がんで倒れ、余命わずかとなりました。篠田牧師は入院中の横山さんを見舞い、しばしの語らいの後で、最後に手を握って祈ったと言います。その祈りの中で、“主よ、この兄弟のためにあなたが最も良いと思われることをしてください”と祈ったとき、握り合っていた横山さんの痩せた手に、グッと力が入ったと言います。
 その後間もなく、横山さんは召されました。大学での研究は半ば、妻を残して年金は受けることができず、子どもはまだ独立していませんでした。けれども、横山晃一郎さんの一人息子は、父の後を継いで研究の道へと進みましたが、神さまはその彼に献身を促し、横山さんがかつて所属していた半田教会の牧師に任じられた、ということです。
 私は特に、九州大学に転任する際の横山さんの決断は、まさに自分の力ではなく、神さまの力を信じ、ゆだねての決断だったのではないかな、と思うのです。それでも、人間的に見れば、うまい人生とは言えない。人生途上で命を失い、年金は受けられず、妻と子どもを遺(のこ)して行く。それでも、子はその親の姿を見て、牧師になって行く。神さまのなさることは不思議で、感動的です。人生には色々ありますが、神の力により頼む人生は幸いだと感じます。
 もちろん、私たちの人生には、自分で働くこと、自分で考えること、自分で努力することが必要です。けれども、自分の人生の土台を、自分の力ではなく、神の力にゆだねて生きる者には、信仰による平安があります。希望があります。慰めがあります。
「旅には何も持って行ってはならない」。この主イエスの御言葉の意味をかみしめ、恵みを味わいながら歩む者とならせていただきましょう。



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