2013年9月15日 敬老礼拝説教
  聖  書  ルカによる福音書2章25〜38節
  説教者  山岡 創

「高齢者の目で見る神の救い」

 「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕(しもべ)を安らかに去らせてくださいます」(29節)
 これは、シメオンという人が、神殿(しんでん)において、神さまに向かって告白(こくはく)した言葉です。賛美と言っても良し、祈りと言っても良いと思います。
 私たちは、高齢(こうれい)になって来ると、死とそれにまつわる様々な事柄(ことがら)を考えさせられます。そして、シメオンが言った“安らかにこの世を去る”というのが、だれの心にも浮(う)かぶ願いでありましょう。
 では、安らかにこの世を去るとは、どのような死を言うのでしょうか?
 “ピン、ピン、コロリ”という言葉がありますね。年を取ってもピンピンと元気に生きていて、でも、そんな元気な状態(じょうたい)から死ぬ時はコロリと死ねる。そんな死に方がいい、と理想(りそう)のように言われます。この願い、“ぽっくり信仰”と言うのだそうです。
 元気に、自分のことは自分でできて、最期(さいご)は苦しまず、だれにも迷惑をかけずに、コロリと、ぽっくりと逝(い)きたい。死を考えるとき、ほとんどの人がそういう願いを抱(だ)くのではないでしょうか。50歳前の私でさえ、自分の老後と死を考える時、そうでありたいと思うところがあります。そのために健康を維持(いじ)しよう、体を鍛(きた)えておこう。そう思って、ジョギングなどしているという面もあります。
 けれども、シメオンが言った“安らかに世を去る”とは、そういうことでしょうか?ちょっと違う、否(いな)、だいぶ違うと思うのです。私たちは、人の命(いのち)がなかなか、ピン、ピン、コロリとは自分に都合良(つごうよ)く行かないことを知っています。病気や痛(いた)みで苦しむこともありますし、過去を悔(くや)んだり、惨(みじ)めな気持になったり、家族に申し訳(もうしわけ)ないと思うこともあるでしょう。けれども、そこにもう一つ、別の気持を私たちは持ちたい。ぽっくり信仰とは違う、本物の信仰を持ちたい。それは、命への感謝、生きることへの平安のような思いです。シメオンは、そういう信仰を与(あた)えられていたからこそ、「お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます」と告白できたのではないでしょうか。

 さて、シメオンがこのように告白し、祈ったのは、生まれて間もない主イエスが、両親によって、神殿に連(つ)れて来られた時でした。ユダヤ人の掟(おきて)である律法(りっぽう)には、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別(せいべつ)される」(23節)と定められています。つまり、初めて生まれた男子は神のものなのです。感謝して、神のものとしてお献(ささ)げするのです。しかし、実際は代わりに動物を献(けん)じる。小羊(こひつじ)か、貧(まず)しくて小羊が無理なら山鳩(やまばと)か家鳩(にわとり)を2羽ささげて、初めて生まれた男の子の命を贖(あがな)うのです(レビ記12章)。
 この律法の規定(きてい)どおりに、両親のヨセフとマリアが主イエスを連れて来て、いけにえの動物を献げようとしました。その時、神殿に来合(きあわ)せていたシメオンは、その幼子(おさなご)が「主が遣(つか)わすメシア(救い主)」(26節)であることに気づいたのです。そして、幼子を抱(だ)き上げて、
「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかにさらせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人(いほうじん)を照(て)らす啓示(けいじ)の光、あなたの民イスラエルの誉(ほま)れです」(29〜32節)と、神を賛美したのです。
 なぜシメオンは、その幼子イエスが、このような救い主であることに気づくことができたのでしょうか? また、もう一人、アンナという84歳の女性も、その幼子が救い主だと気づきました。アンナについては、また後でお話しますが、どうしてこの二人の高齢者(こうれいしゃ)が、その幼子が「救い」であると気づくことができたのでしょうか?
 神殿には毎日のように、初めて生まれた男の子が献げられるために連れて来られていたことでしょう。それらの男の子たちは外見上(がいけんじょう)、似(に)たり寄(よ)ったりだったに違(ちが)いありません。何か特別な違いがあったわけではないでしょう。幼子イエスから、だれにでも見えるような後光(ごこう)が射(さ)していたわけではないでしょうし、“わたしは救い主”と名札(なふだ)をつけていたわけでもないのです。それなのに、多くの幼子たちの中から、シメオンとアンナは、これが救いの子だと気づいた。どうしてでしょう?
 はっきりとその理由(りゆう)を説明することはできません。ただ、それがまさに“年の功(としのこう)”だと思うのです。年齢(ねんれい)によって磨(みが)かれた信仰のセンスとでも言いましょうか。そういう信仰の目を二人は持っていたのだと思うのです。
 先週、御言葉を分かち合う会がありました。指定(してい)された聖書の言葉をそれぞれ読んで、自分がどんなことを教えられたか、感じたかを考えて来て、お互いに語り合う会です。先週はマタイによる福音書10章26〜33節でした。人を恐(おそ)れず、神を恐れなさい。人を恐れずに、主イエスから教えられたことを公(おおやけ)にしなさい。自分は主イエスの仲間だ、クリスチャンだと言い表しなさい。そういう内容の箇所でした。私は、この聖書の言葉を考えながら、つい先日あった二つのエピソードを思い起こしました。一つは、3名の方と一緒(いっしょ)にAさんを病院に見舞(みま)ったときです。看護師(かんごし)の方から、“どのようなご関係ですか?ご家族ですか?”と尋(たず)ねられて、“教会の仲間(なかま)です”と言わずに、“知り合いです”と答えました。もう一つは、小川町の施設・パトリアおがわに、N くんと下見調査(したみちょうさ)に行った際(さい)、職員(しょくいん)から“どんな集会(しゅうかい)ですか?”と聞かれて、“ある集まりの研修会(けんしゅうかい)です”と答えました。その後、“実はキリスト教の教会です”と答えて、結果的(けっかてき)に良かったのですが、私の中に、社会の中で人々に宗教の集まりが誤解(ごかい)されると思ってしまう恐(おそ)れがあるなあ、人を恐れて神さまを恐れていないなあ、と思ったわけです。
 ところが、この会にいつも出席しているご高齢の教会員のお一人は、家族や周(まわ)りの友人知人がほとんどノン・クリスチャンという状況(じょうきょう)、関係の中で、割(わり)と自然に、自分がクリスチャンであることや聖書の話をすることができている、と証(あか)ししてくださいました。また、もうお一人は、ご自分の人生やお仕事を振り返って、“聖書の言葉は人生の基礎(きそ)だ”と力強く証ししてくださいました。その際に、“年の功”という言葉が出まして、私はお話を聞きながら、これはまさに信仰によって年を積み重(つみかさ)ねて来たからこそ出せる味だなあ、と感じ入ったわけです。“信仰の年輪(ねんりん)”とでも言いましょうか。御言葉を分かち合う会は、そういう信仰のお話を伺(うかが)うことができて、とても良い会です。
 そのように長い人生を信仰によって生きて来た。喜びや楽しみ苦しみや悲しみを、御言葉に聴(き)きながら、御言葉と照(て)らし合わせながら生きて来た。その経験によって養(やしな)われ、培(つちか)われた信仰のセンスのようなものが、長い信仰生活をコツコツと歩んで来たご高齢の信徒の方々にはあると思うのです。渋(しぶ)く黒光(くろびか)りするような信仰があると思うのです。
 それは一言(ひとこと)で言うなら、霊性(れいせい)、スピリッチュアリティーです。霊性などと言うと、幽霊(ゆうれい)の姿が見えるとか、何かオカルト的な感覚を想像(そうぞう)するかも知れませんが、そういうことではありません。霊性、スピリッチュアリティーというのは、神さまを感(かん)じる心です。人間を超越(ちょうえつ)した、何か偉大(いだい)なるものを感じ取る心です。そういう偉大なるものによって、自分が支えられ、生かされて在(あ)ることを感じるセンスです。自分の知恵(ちえ)、自分の力だけで生きているのではない、生きて来たのではない。自分の人生は支(ささ)えられてきた、自分の命は生かされて来た。今、自分の力で色々なことができなくなって来たからこそ、神さまの支えを、救いをより一層リアル(げんじつてき)に感じることができる。そのように感謝する思い、そして支え、生かしてくださる神を信頼(しんらい)して、平安を得ることのできる魂(たましい)です。
 それがあるからこそ、「救いを見た」と賛美することができる。ままならない人生、労苦や苦しみ、悲しみを感じざるを得(え)ない人生でも、「安らかに去らせてくださいます」と告白することができる。そこが、信仰を持たない人生と一味違うところです。苦しみや悲しみは多かれ少なかれ、だれしも同じでしょう。信仰があれば苦しみや悲しみがなくなるわけではありません。しかし、そこに感謝を、慰(なぐさ)めを、平安を感じながら生きることができる。それがシメオンの信仰です。

 けれども、ご高齢の方々の中には、私は年は取っているけれども、とてもそんな信仰を持っていない、と思う方がいるかも知れません。しかし、アンナの姿を見てください。聖書の中では、華々(はなばな)しい人物というわけではなく、目立たない、地味(じみ)な存在だと思います。84歳という、当時としては稀(まれ)な高齢になって、色々なことができなくなっていたと思います。しかし、この人は、そういう自分を嘆(なげ)いてばかりいたのではないと思います。彼女は「神殿を離(はな)れず、断食(だんじき)したり祈ったりして、夜も昼も神に仕(つか)えていた」(37節)と書かれています。神殿を離れず、礼拝を守り、信仰生活を地道(じみち)に続けている。その目立たぬ、地味な姿が胸(むね)を打つのです。
 ヘルマン・ホイベルスという人が〈最上(さいじょう)の業(わざ)〉という詩を作りました。その中で、高齢になって、何もできなくなった時、祈りこそが最上の業だと言われています。
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   こうして何もできなくなれば、それを謙虚に承諾(しょうだく)するのだ。
   神は最後に、いちばんよい仕事を残してくださる。
   それは祈りだ。
   手は何もできないけれども、最後まで合掌(がっしょう)できる。
   愛するすべての人の上に、神の恵みを求めるために。
   すべてをなし終えたら、臨終(りんじゅう)の床に神の声を聞くだろう。
   来たれ、わが友よ。われ、汝(なんじ)を見捨(みす)てじ。
 高齢の方がその人生において、自分の罪を知り、自分の弱さを自覚し、だからこそ神さまに頼り、教会から離れず、祈りながら生きている。その姿はそれだけで、貴(とうと)い、生きた信仰の証しです。
 これからも、体は衰(おとれ)えても、魂は神さまから離(はな)れず、教会から離れず、信仰から離れずに生きる姿を、教会の次の世代の後輩(こうはい)たちに見せてください。それが、神さまから高齢の信徒に託(たく)された、大切な使命だと思います。



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