2013年11月17日 礼拝説教
  聖  書  ルカによる福音書15章25〜32節
  説教者  山岡 創

「人の当たり前、神の当たり前」

 怒(おこ)って当然(とうぜん)です。どこに、すんなりと、“弟よ、よく帰(かえ)って来た”と咎(とが)めもせずに迎(むか)える兄がいるでしょうか。
 直前(ちょくぜん)の11節以下に書かれているとおり、「弟」は、父親の財産(ざいさん)で自分が相続(そうぞく)する分を、まだ父親が生きているうちに生前贈与(せいぜんぞうよ)させました。そして、それをすべて金に換(か)えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩(ほうとう)の限(かぎ)りを尽(つ)くして、すべての金を浪費(ろうひ)しました。それで一文無(いちもんな)しになり、食べることにすら困(こま)り果(は)てた弟は、すごすごと家に戻って来たのです。ゆるされるはずがないのです。“お前、今まで、どこで、何を自分勝手(じぶんかって)なことばかりやっていたんだ!”と怒鳴(どな)ってやりたくもなる。30節で、父親に向かって「あなたのあの息子が」と言っていますが、つまり、もはや「弟」と呼びたくない、認(みと)めたくないのです。それが「兄」の当(あ)たり前(まえ)でした。
 一方、弟も自分の罪を感じ、筋(すじ)を通そうとしていました。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」(18〜19節)。家に帰ったら父親にそう言おうと思っていたのです。これほど自分勝手なことをやったのだから、もう“あなたの息子です”なんて言えない。せめて雇(やと)い人の一人として、この家に置(お)いて、働(はたら)かせてください。それが「弟」の当たり前でした。当然のけじめでした。そして、それならば「兄」も腹(はら)を立てながらも、納得(なっとく)したかも知れません。
 ところが、「父親」は、遠くの方からみすぼらしい姿(すがた)で帰って来る息子を見つけると、自分から家を飛(と)び出(だ)して、走(はし)り寄(よ)り、息子を抱(だ)きしめました。そして、「もう息子と呼ばれる資格はありません」(21節)と謝罪(しゃざい)し、責任(せきにん)を取ろうとする息子の言葉を遮(さえぎ)って、僕(しもべ)たちに、息子の身なりを整(ととの)え、お祝(いわ)いの準備(じゅんび)をするように命じたのです。弟息子の罪を咎めもせずに、そのまま「息子」として受け入れ、喜(よろこ)んでいるのです。
 どこにそんな父親がいるでしょうか。“どの面下(つらさ)げて帰って来た! もう我(わ)が家(や)の敷居(しきい)はまたがせないぞ!”と怒鳴られても不思議(ふしぎ)ではない。少なくとも、このままでは示(しめ)しがつきません。何らかの償(つぐな)いをさせなければ。雇い人の一人として働(はたら)かせ、反省(はんせい)させる。しばらくはその様子(ようす)を見てからゆるしてやる。それならば、「兄」もまだ納得できたかも知れません。
ところが、父親はそれすらしないのです。「弟」の罪を咎めもせずに、そのまま「息子」として受け入れ、喜んでいるのです。「兄」が父親に対して怒(おこ)るのも無理(むり)はありません。
けれども、父親は兄息子(あにむすこ)をなだめながらも、お前の言うことがもっともだ、とは言いません。
「だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか」(32節)。
 それが、父親の「当たり前(あたりまえ)」でした。兄息子の当たり前とも、また弟息子の当たり前とも違(ちが)う、父親の「当たり前」でした。そして、それは“神”の当たり前を表しています。神の当たり前は、私たち“人”の当たり前とは違う。一人ひとりの人間と対する神さまの心と見方とは、私たちとは違うのです。
 しかも、この神の「当たり前」の前に、私たちは主イエスによって立たされているのです。“あなたは、私と心を共にしてくれるか?”と問われているのです。

 つい先日、長野県建設業厚生年金基金を横領(おうりょう)した男性(だんせい)が逮捕(たいほ)されました。約24億円ものお金が使途不明(しとふめい)になっているとのことです。それらすべてを、この男性が横領したのかどうかは、まだ分かりませんが、少なくともその一部を使(つか)いこんでいたことは確(たし)かなようです。彼はその金で豪遊(ごうゆう)し、ばれそうになると外国に逃亡(とうぼう)しました。そして、タイで不法滞在(ふほうたいざい)の罪(つみ)で捕(つか)まったときには、もう所持金(しょじきん)はほとんどなかったようです。
 何だか、放蕩の限りをつくした「弟」に似ているなあ。このたとえ話を黙想(もくそう)しながら、私はこの事件のことを思い出していました。
 だれがこの男性をゆるせるでしょうか。この年金(ねんきん)に掛(か)け金(きん)をかけていた方々(かたがた)です。不安(ふあん)をも感じているでしょう。また、私たちのように、この年金に直接関係(ちょくせつかんけい)のない人間であっても、あきれてしまうでしょうし、この罪の責任を負わず、償いをしないで良いなどとは、だれも思わないでしょう。それが、私たちの気持(きもち)であり、また社会の常識(じょうしき)です。もしもイエスさまが、この現代日本にいらっしゃったなら、この事件を何と言ってお裁(さば)きになるのでしょうか? よもや〈放蕩息子のたとえ〉の父親と同じようにはしないと思うのですが‥‥。
 けれども、イエス様ならどうするか、ということを考えながら、私は、川越少年刑務所(かわごえしょうねんけいむしょ)の教誨師(きょうかいし)を務(つと)めている自分の立場(たちば)を思わずにはいられませんでした。皆さんご存知のように、私は、月に1度、川越少年刑務所に伺(うかが)って、受刑者(じゅけいしゃ)に聖書の教(おし)えを教えています。キリスト教教誨(きょうかい)の時間はクラブ活動(かつどう)の一環(いっかん)として組(く)み込(こ)まれており、スポーツや芸術等(げいじゅつなど)のクラブもある中で、聖書の学(まな)びを選(えら)ぶ受刑者が5名前後(ぜんご)います。時々、要望(ようぼう)があって、1対(たい)1で話を聞き、聖書の教えを話すこともあります。少年刑務所と言っても、実際(じっさい)は、10代の少年は少なく、ほとんどが20代の青年です。彼らが犯(おか)した罪は様々(さまざま)ですが、まれに殺人(さつじん)の罪(つみ)を犯した人と対することもあります。
 そういう彼(かれ)らに、私は何を語(かた)れるでしょうか。聖書から、どんなことを語ればよいのでしょうか。被害者(ひがいしゃ)の気持(きもち)を考え、その立場に立てば、ゆるしなど語ることはできません。そんなことを言えば、“どうして?”と腹(はら)を立(た)てられてもおかしくはありません。罪を問(と)い、その罪を反省(はんせい)させ、心から償(つぐな)うようにさせるべきでしょう。
 もちろん、そのような教育は必要でありましょう。けれども、それは、キリスト教の教誨師である私がメインにすべきことだろうか? と思うのです。それは刑務所がすべきことです。私がメインにすべきことは、罪を責(せ)めることではなく、父なる神さまの心を汲(く)み取って、罪人に対する神の愛と赦(ゆる)しを語ることではないか。そう思うのです。
 もちろん、このたとえ話の父親だって、弟息子が犯(おか)した罪を、そのまま放置(ほうち)して良いとは考えていなかったと思います。けれども、この息子が、「わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません」と悔(く)い改(あらた)めて帰って来たから、「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ」(24節)と判断し、喜(よろこ)び祝(いわ)ったのだと思います。この弟息子が生き返るためには、もう一度生きるためには、赦(ゆる)しと励(はげ)ましが必要(ひつよう)だったのです。そして、罪を責(せ)めること以上(いじょう)に、赦しと励ましが、愛が、人に自分の罪を、強制(きょうせい)されて嫌々(いやいや)ではなく、心から認めさせ、償いの思いを起こさせるのです。決して作為(さくい)ではありません。
 人は、犯した罪を認(みと)め、反省し、謝罪(しゃざい)し、できる限り償わなければなりません。しかし、その償いによって、被害(ひがい)を受けた方が元通(もとどう)りになれるわけではありませんし、傷(きず)が癒(い)えるとは限りませんし、その罪が被害者からゆるされない、一生恨(いっしょううら)まれ、ゆるされないことだって少なからずあると思います。その被害者の気持が分からないわけではありません。もし自分がその被害者になったら、同じ気持になるかも知れません。
 けれども、そのことによって“人間失格(にんげんしっかく)”の烙印(らくいん)を、その人に押してはいけない。生きる資格(しかく)なし、と見なしてはいけない。それが、このたとえ話の父親が、主イエスが、私たちに教えようとしている“心(こころ)”ではないでしょうか。どんな人間であっても、“神の子”として生きてよい。愛されている。それが、聖書が語る“人間の尊厳(そんげん)”なのではないでしょうか。

 けれども、私たちは、この神の心を忘れることがあります。特に、この「兄」のように、「わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません」(29節)と、まじめに、一生懸命(いっしょうけんめい)、労苦(ろうく)して、努力(どりょく)して生きている時ほど、聖書が人間をどのように見ているかを忘れるのです。そういう生き方こそが「当たり前」になるのです。自分の正義(せいぎ)になるのです。だから、「弟」のような、ふまじめな、自分勝手(じぶんかって)な人間がゆるせなくなるのです。自分だって、我慢(がまん)して、努力して、こうやって生きているんだ。それなのに、あいつらは‥‥と、何だか自分が損(そん)をしているような気持になるのです。「それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか」(29節)と、まるで自分が父親から正しく評価(ひょうか)されていないような気がして腹立(はらだ)たしくなるのです。家に入らない、父親と心を共にしたくないのです。
 そんな「兄」を「父親」がなだめます。
「子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ」(31節)。
 確かに、15章12節で、弟息子に迫(せま)られて財産(ざいさん)の生前贈与(せいぜんぞうよ)をした時に、父親は、弟息子だけにではなく、「財産を二人に分けてやった」(12節)と記(しる)されています。当時は、長男相続制(ちょうなんそうぞくせい)で、長男の権利(けんり)が大きかったですから、受け取った財産も、兄の方が弟よりも何倍も多かったはずです。それでも、いただいたものの大きさが分からずに、弟と比べて自分が損しているように感じてしまう。私たち人間の性(さが)だなあ、と思います。
 私たちは、当たり前のように生きていると、いただいているものの恵(めぐ)みに気づかないことがあります。失って初めて分かる、ということがあります。
 私は今年の4月に、インフルエンザを患(わずら)った後、腰痛(ようつう)になりました。歩(あるく)ことも難儀(なんぎ)で、無論(むろん)、走(はし)ることなどできませんでした。それが、ちょっとずつ歩けるようになり、少しずつ走れるように回復(かいふく)していきました。私は、“歩けるって、走れるって、当たり前のことではなく、本当に感謝(かんしゃ)だなあ”と思いました。前と同じようには行かなくても、走った後で“感謝!”と一言(ひとこと)祈るようになりました。そして、全く回復したと思っていた矢先(やさき)、今から1か月ほど前に、再び腰痛になりました。左足が痛(いた)くて痛くて、足を着(つ)くことができませんでした。今、95%まで回復したと実感していますが、痛みを忘れ、感謝を忘れかけていた私に、神さまが“当り前じゃないぞ”ということを、もう一度思い出させてくださったのかも知れません。
 当たり前ではなくて、私たちが神さまからいただいている恵みは、たくさんあるのではないでしょうか。けれども、自分の力で、努力して、我慢して、苦労して生きていると思うと、それに気づかず、他人がうらやましくなって、感謝を忘れてしまうのでしょう。みんなが神の子として愛されて生きていることを、否(いな)、自分が神の子として愛されて生きていることを忘れてしまうのでしょう。
 〈放蕩息子のたとえ〉、放蕩息子とはだれのことでしょうか? 確かに、「弟」は放蕩息子です。けれども、まじめに生きている「兄」も放蕩息子なのです。父親の心とは遠く離れているという意味では、「兄」もまた放蕩息子に間違(まちが)いありません。しかも、自分が正しい、当たり前だと思って、悔い改めていないだけに、兄の方が救われるには厄介(やっかい)です。
 私たちはどうでしょうか? 過(あやま)ちや欠点や失敗を抱(かか)えた放蕩息子に違いありません。しかし、願(ねが)わくは、父親の心が、神の愛が分かる放蕩息子でありたいと思います。


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