2014年11月9日 礼拝説教
  聖  書  ルカによる福音書22章14〜23節 
  説教者  山岡 創

「パンと杯による絆 」

 “あなたの生命は、あと3日です”。もし皆さんが、そのように宣告されたらどうしますか?何をしたいと思いますか?
 私も、自分だったらどうするだろうか?何をしたいか?と考えてみました。3日では大そうなことはできません。私は、まず家族と一緒に過ごしたい。そして、今までの謝罪と感謝の気持を伝えたいと思いました。次に礼拝を共にしたいと思いました。皆さんと一緒に思い切り賛美を歌い、祈り、聖書の御(み)言葉を聞き、聖餐(せいさん)の食卓を共にする。そして、感謝とお別れを告げたいと思います。もう一つ、俗(ぞく)な願いですが、今までずっと走って来た高麗川(こまがわ)の土手をもう一度ジョギングし、2時間ほど体育館でバスケットボールをしたい。‥‥‥
 皆さんの中には、“自分だったら‥‥”とお考えになると共に、もしかしたら“山岡牧師、どうしたんだろう?”と思われたか方もいるかも知れません。いえいえ、私のことではありません。今日の聖書におけるイエス様が置かれたお立場です。この時、イエス様は、“あなたの生命はあと3日です”と宣告されているような気持だったと思うのです。それで、もし自分が同じ立場に置かれたら、残り少ない時間で何がしたいと思うだろうかと考えてみたのです。
 主イエスが死ぬ前にしたかったこと、どうしてもしたかったこと。それは、弟子たち(使徒たち)と過越(すぎこし)の食事を共にすることでした。
「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた」(15節)。
 私が、今日の御言葉から改めて教えられたことの一つは、この点です。主イエスが弟子たちとなさった過越の食事は、その弟子たちから、後に「使徒(しと)」と呼ばれるようになった弟子たちから伝えられ、2千年後の今日、礼拝における聖餐式となりました。この説教の後で、私たちは主イエス・キリストの聖餐に与(あずか)ります。一口にもならない小さなパン切れと一口にも満たない小さな器に入れたぶどうのジュースです。形式的だと思われるかも知れない。味気なく思い、何の感動も感謝も湧かないこともあるかも知れない。けれども、この食事は、残り少ない生命の時間をかけて、主イエスがどうしてもしたいと願っていたことです。どうしても“私たち”としたい、“私”と共にしたいと願っておられたことです。そのような願いを込めて私たち一人ひとりを主イエスが招いてくださる“命がけの食事”なのだということを忘れてはならないのです。

 「過越の食事」については、2週間前の大人と子どもの礼拝の説教を覚えている方もおられるでしょう。旧約聖書・出エジプト記から、エジプトで奴隷だったイスラエルの人々が、モーセに導かれてエジプトを脱出したことをお話しました。その時に、神さまに救われた恵みを記念し、感謝し、子子孫孫に伝えていくために営むのが過越の祭りであり、そのメイン・イベントが過越の食事です。
今から3千年以上も昔、イスラエルの人々はエジプトの国で奴隷にされていました。このイスラエルの民を救い出すべく、神さまはモーセを遣わし、エジプトの王と交渉させました。そして、神の言うことを聞かねば、災いが起こるぞと警告させ、その警告通り、10個の災いが起こります。その最後の災いが、エジプト中の初子(ういご)−長男ーが撃たれる災いでした。しかし、その際、イスラエルの人々は、神のお告げのとおり、家の入口の柱と鴨居(かもい)に小羊の血をしるしとして塗っておいたので、災いが通り過ぎました。ちなみに、“災いが通り過ぎる”ということから“過ぎ越し”の祭りと名付けられたわけです。
その夜、エジプト中の初子(長男)が、王の家も、庶民の家庭も、動物もすべて撃たれ、国中に大パニックが起こりました。その隙をついて、イスラエルの人々は脱出します。そして最後には、後ろから追いかけて来るエジプト軍に恐怖と不安に陥ったイスラエルの人々の前で、神さまが海を二つに割ってくださり、その海の真ん中をイスラエルの人々は渡って逃げる。追いかけて来たエジプト軍は、割れた海が元に戻って飲まれてしまうという有名なシーンで、この脱出劇は終わります。
 この神の救いの恵みを記念して、イスラエルの人々は過越の祭りを守ります。祭りの際には小羊の血を家の柱と鴨居に塗ります。その犠牲にした小羊を料理して、家族や親戚、隣近所、あるいは師匠と弟子が集まって、神の救いを思いながら感謝の食事をする。それが「過越の食事」です。

 この、神の救いを記念する食事を、主イエスはどうしても弟子たちとしたいと願っておられました。それは、どうしてでしょうか?それは、どんな苦しみや悩み悲しみの時にも、神の救いが必ずあるという恵みを、弟子たちに教え、思い出させるためだったに違いありません。かつてイスラエルの先祖がエジプトの奴隷として苦しめられ、エジプト軍に追われて恐れと不安に陥った時に神の救いがあったように、弟子たちにも必ず神の導きと支えがあることを信じさせるためです。そのことをご自分が死ぬ前に、主イエスは弟子たちに残して逝(ゆ)きたいのです。
 「苦しみを受ける前に」と主イエスは言われました。これは、ご自分が十字架に架けられて殺される前に、という意味です。過越の祭りのためにエルサレムに上京する以前から、主イエスは律法学者や長老たちと摩擦を起こしていました。彼らのやり方が、神への愛も人への愛も感じられない形式主義のように思われたからです。そして、エルサレムに上京して、主イエスは、宗教指導者たちの態度にただならぬ空気をお感じになったのではないでしょうか。22節で主イエスは、「人の子は定められたとおり去っていく」と言われていますから、旧約聖書で預言されたご自分の苦しみと死の運命を既に受け止めておられたのです。けれども、エルサレムに来てみて、その運命に一刻の猶予もないことをお感じになったのではないでしょうか。それで、そうなる前に何としても、弟子たちと過越の食事を共にしたい、それまでは父なる神よ、待ってください、というお気持だったことでしょう。
 ご自分が十字架に架けられて死んだら、弟子たちは大きなショックを受けるだろう。今までの宣教活動は無駄だったと絶望するだろう。飼い主を失った羊の群れのように散り散りバラバラになるだろう。ご自分の弟子だということで迫害され、恐れを感じる者も出るだろう。そうなる前に、大切なことを伝えておきたい。それは、どんな苦しみ悩み、人生の嵐の中に投げ込まれても、必ず神の助けがある。それを過越の食事を共にすることで教えておきたいと、主イエスは切に願っておられるのです。
 ただし、主イエスは過越の食事に新しい意味をお付けになりました。それは、イスラエルの先祖たちを救うために犠牲となった小羊、それは弟子たちにとってご自分だ、ということです。この後、一刻の猶予もなくご自分は捕らえられ、裁かれ、十字架に架けられて殺されるだろう。しかし、それは単なる処刑ではない。聖書に預言されていたとおり、あなたがたを救うために、命を懸けて犠牲になるということなのだ。あなたがたの罪を償うために、罪から脱出させるために、私は犠牲となる。あなたがたを苦しみから救うために、私は犠牲となる。あなたがたの悲しみを癒(いや)すために、私は犠牲となる。あなたがたの悩みを支えるために、私は犠牲となる。そのことを思い出すために、この食事を記念として続けてほしい。この食事でいただくパンは、「わたしの体」(19節)、わたしの命だと思って受けてほしい。杯は「わたしの血」(20節)だと思って、私が十字架の上で流す血が、あなたがたの救いのしるし、「新しい契約」(20節)のしるしとなると信じて受けてほしい。私は去って行くが、この食事を記念として行うとき、どんな時にも私はあなたがたの内に共にいて、聖霊を通してあなたがたを支え、導き、救うことを思い出し、信じてほしい。だから、この食事は私の救いのしるしとなるのだ。そのように主イエスは弟子たちを諭されたのです。
 だから、この食事には、弟子たちを思う主イエスの深い愛が込められています。命がけの愛が込められています。罪から救い、苦しみを支え、悲しみをいやす愛と命が込められています。その恵みを私たちも感じるでしょうか。聖餐式は形式ではありません。この愛と命がけの食事に、私たちも今、招かれているのです。

 けれども、この愛と命がけの食卓に、残念なことが起こります。弟子の裏切りです。
「しかし、見よ、わたしを裏切る者が、わたしと一緒に手を食卓に置いている。‥‥‥人の子を裏切るその者は不幸だ」(22節)。
 この後、イスカリオテのユダが、主イエスを裏切り、エルサレムの指導者たちに売り渡します。その裏切りを主イエスは知っておられました。今まで心血を注いで導いて来た弟子の裏切りに、激しく怒っても不思議ではありません。その怒りと悔しさを思い知らせるという意味でも、また未然に裏切りとご自分の危険を防ぐという意味でも、この場で裏切り者の名前を挙げて、処分しても不思議ではありません。けれども、主イエスはそれをなさらないのです。忍耐されるのです。どうしてでしょうか?
 それは、ユダを愛しておられるからです。我が子のように愛しておられるからです。思い直してくれると信じているからです。たとえ裏切られても許すと決めているからです。だから、敢えて名前を挙げず、それとなく警告し、思い直すことを期待しているのです。そういう主イエスの信頼に気づいてほしいと願っておられるのです。
 愛と信頼は、人を救い、立ち直らせる原動力です。話は変わりますが、1979年、カンボジアが政情不安定だったとき、一人の新聞記者が現地を訪れました。その難民キャンプに、人々の群れを離れ、生気を失ってぼんやりと座り込んでいる少年がいました。新聞記者は少年に話しかけました。
  君は信頼できる子どもだと思う。僕がこれから写真を撮り、取材をする間、このかばんを預かってくれないか。
 パスポートもお金も入っているかばんでした。そのように伝えると、生ける屍(しかばね)のようだった少年にみるみる生気がよみがえり、一日中、そのかばんを大事に抱えて、よろめく足で新聞記者の後を付いて回ったそうです。この記者が数年後に同じキャンプを訪れたとき、キャンプの指導者から、あの少年はあの日から劇的に変わり、立派な青年になったと聞かされたそうです。この記者が後日、述懐しました。
  自分の一生を振り返ってみて、自分が行った最大の善は、あの時あの子どもを信頼したことだ。
 生ける屍のようだった少年にとって、自分が信頼され、認められたそのことは、食べ物や着物を与えられるよりも、生きるために必要なことだったのです。(『愛と祈りで子どもは育つ』128頁、PHP)
 もちろん信頼が裏切られることもあるでしょう。けれども、それでも主イエスはユダを信頼して、私たちを信頼して、愛と命の食事に私たちを招かれるのです。私たちは、“今の私は聖餐にふさわしくない。主イエスの命と愛を受ける資格などない”と感じることがあるのではないでしょうか。けれども、そのような“私”を主イエスは愛し、信頼してくださるのではないでしょうか。そういう時にこそ、主イエスは“この私”をいちばんに招いておられるのではないでしょうか。罪深い、裏切り者をこそ招いておられるのではないでしょうか。だからこそ、主イエスの愛と信頼に触れて、私たちの命に、心に生気がよみがえるのです



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