2016年6月19日  創立記念礼拝説教
  聖 書   イザヤ書12章1〜6節
  説教者  山岡 創 

12:1 その日には、あなたは言うであろう。「主よ、わたしはあなたに感謝します。あなたはわたしに向かって怒りを燃やされたが/その怒りを翻し、わたしを慰められたからです。
12:2 見よ、わたしを救われる神。わたしは信頼して、恐れない。主こそわたしの力、わたしの歌/わたしの救いとなってくださった。」
12:3 あなたたちは喜びのうちに/救いの泉から水を汲む。
12:4 その日には、あなたたちは言うであろう。「主に感謝し、御名を呼べ。諸国の民に御業を示し/気高い御名を告げ知らせよ。
12:5 主にほめ歌をうたえ。主は威厳を示された。全世界にその御業を示せ。
12:6 シオンに住む者よ/叫び声をあげ、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は/あなたたちのただ中にいます大いなる方。」


「 救いの泉から水を汲む 」
 本日は〈教会創立記念礼拝〉を迎えました。1992年4月に教会が始まって以来、24周年ということになります。その年の5月24日(日)礼拝の後、午後に〈坂戸伝道所設立式〉を行いました。伝道所というのは、日本基督(キリスト)教団の規則上、教会として認められる条件をまだ備えていない団体ということで、言わば“教会見習い”とでも言うべき集まりです。当時は、この場所、この建物ではなく、同じ泉町内ですが、高麗川(こまがわ)の土手際を、もう少し上流の方に行った、高麗川大橋のたもとの1軒家でした。今もその家はありまして、時々その横を通ると、当時を懐かしく思い出します。
 そのように伝道所設立式を行ったことで、私たちの教会の創立記念日を、1992年5月24日と定めました。その日からすると、本日は約1ヶ月遅れの創立記念礼拝ということになります。と言うのも、本日は午後に〈教会研修会〉を行います。〈伝道〉をテーマに、お隣のH教会のN牧師をお迎えして、「生きた水 〜 福音伝道のよろこび」と題して、お話をしていただき、感想、質疑応答の時間を持つ予定です。例年、創立記念礼拝の後に、教会研修会を行って来ましたので、今回は創立記念礼拝を研修会の日程に合わせたという形です。本当は、本日の礼拝説教もN先生にお願いしたかったのですが、H教会の事情でそれが叶いませんでした。けれども、先生は昼食会から合流してくださるとのことです。

 さて、そんなわけで、本日は創立記念礼拝として守ります。それで本日は、いつものヨハネの手紙(一)から離れて、別の聖書箇所を選びました。さて、どの御(み)言葉から今日の説教を語ったらよいか、選ぶ際にガイドになったのが、午後の研修会のタイトル「生きた水 〜 福音伝道のよろこび」でした。N先生は、研修の聖書テキストとして、ヨハネによる福音書4章を挙げられました。その章は、シカルという町の井戸端で、主イエスと一人の女性が、渇(かわ)くことのない水について問答するところです。それで、“水”に関わる聖書の御言葉が何かないものかと考えていた際に、ふと、何年か前に「あなたたちは喜びのうちに、救いの泉から水を汲む」(3節)という御言葉を年度聖句に選んだことがあったことを思い出しました。「水」も入っているし、ついでに「喜び」という言葉も入っている、ここにしよう!と思いました。
 いつこの御言葉を年度聖句に選んだか。それは2002年度でした。ちょうどその年の4月16日に関東教区常置委員会で、私たちの教会が、伝道所から(第2種)教会を設立することを認められた年度です。〈教会設立を感謝して〉という標語が掲げられました。伝道所から教会へ、これは私たちにとって大きな喜びでした。
 その前の2001年度に、坂戸伝道所では、教会設立のための準備をしながら歩んでいました。5月の創立記念研修会に、私たちよりも一歩早くN伝道所の教会設立のために動いていたK牧師をお迎えして、教会設立の準備過程やその心得、またご苦労について教えられました。その後、教会規則を検討し、また教会名を定める協議会を行いました。1月の協議会では、公募した10個以上に上る教会名とその理由、意味を確認し、投票で決めることにしました。〈坂戸ミレニアム教会〉なんていう候補名もありましたね。過半数の票を獲得した名前を教会名にしようということでしたが、過半数は出ず、上位3つの教会名で決選投票をすることになりました。〈坂戸教会〉〈坂戸泉教会〉〈坂戸いずみ教会〉。その際、18名が出席していましたが、17枚目の票を開いた時点で6対6対5でした。そして最後の1票を開くと、何と6対6対6。3者同点で、再度決選投票をすることになりました。2度目の決選投票、17枚目を開いた時点で、またもや6対6対5(途中で7票目が出ていてもおかしくないのですが、神さまのいたずらか、最後の1票まで6対6対5でした)‥‥‥また同点か?!と思いましたが、最後の1票を開くと、7対6対5で〈坂戸いずみ教会〉に決定しました。
 投票した皆さん、どれにしようか大いに悩まれただろうと思います。もちろん私もそうです。もう時効と言ってもよいでしょうから話しますが、実は1回目の決選投票で、私は〈坂戸泉教会〉に投票しました。そして2回目の決選投票、私は迷った挙げ句、〈坂戸いずみ教会〉に投票しました。そしてその結果、6対6対5から最後の1票は〈坂戸いずみ教会〉に入りました。この教会の名前が〈坂戸いずみ教会〉に決まった主犯は“私”だ、と私は思っています。でも、2回目の決選投票で私のように票を変えた方が他にもいらして、それぞれの票が入れ替わっていた可能性もあります。票を〈坂戸いずみ教会〉に変えた人は、やはり主犯は“私”だと思ったことでしょう。
 そんなこともあって、2002年度は、この名前にちなみ、「あなたたちは喜びのうちに、救いの泉から水を汲む」という御言葉が、年度聖句に選ばれました。坂戸いずみ教会設立という喜びのうちに、礼拝に、祈り会に、また様々な交わりや奉仕に参加して、神の尽きることのない泉から水を汲み、魂を潤(うるお)され、皆共に信仰を養われ、互いに愛し合い、教会を形作っていこう、という願いが込められていました。

 さて、イスラエル王国の片割れ、南ユダ王国は強大な隣国、メソポタミアのバビロニア帝国に、紀元前586年に滅ぼされ、バビロン捕囚といって、国の大半の人々が捕虜としてバビロニアに強制移住をさせられました。この御言葉は、預言者イザヤが、バビロン捕囚の後に預言したものと言われています。絶望に打ち沈む南ユダの人々に、イザヤは、希望を語りました。強制移住させられた土地から南ユダの地に帰還できる日が必ず来る。救いの神が必ずそれを成し遂げてくださる。神を信頼して、希望を失わずに生きようと、イザヤは人々を慰(なぐさ)め、励ましたのです。
 その中で語られたのが「あなたたちは喜びのうちに、救いの泉から水を汲む」でした。イスラエルの地は乾燥地帯です。全く雨の降らない乾期という時期がかなりあります。だから、ユダヤ人にとって水は生死に関わる重要なものであり、水の湧き出る泉というものは、命を支えるオアシス、まさに“救いの泉”でした。「救いの泉」には、国を滅ぼされ、捕虜として強制移住させられた者が異国から帰還できる救いと、実際に命を水によって支えられるという救いとが、2重にかかっていると思われます。帰還を果たした時に、故郷の泉から水を汲めるとは、これ以上の喜び、これ以上の救いは、彼らにとってなかったでしょう。
 今、関東の水がめ、利根川水系上流のダムの水が激減していることがニュースで報じられています。取水制限もかかりました。昨夏の中学高校生、青年のキャンプで、みなかみバイブル・ホームに行った際、それらのダムの一つ、奈良俣ダムまでハイキングに出かけました。満々と深緑色に張っていたあの湖の水が底を尽きかけていると想像するのは信じられないことです。そのうち給水制限もかかるかも知れません。水不足は深刻です。私たちは当たり前のように水のある生活をしていて感じにくいのですが、水は命に関わるのです。

 そのために、主イエスは、“水”を救いのたとえに用いられました。人の命には、“外なる命”と“内なる命”がある。外なる命は、いわゆる水、飲み水によって保たれるが、内なる命の渇きを潤し、それを保つ水がある、と主イエスは言われるのです。
 ヨハネによる福音書4章は、シカルという町の井戸端で、主イエスと一人の女性が、渇くことのない水について問答するところだと、先ほどお話しました。主イエスが旅の途中でサマリアのシカルという町を通りかかった。町の真ん中に井戸があって、主イエスは疲れて、水を飲みたいと思われたのでしょう、井戸端で座っていました。しかし、井戸には釣瓶(つるべ)も何もないので、水が飲めません。座って待っていると、お昼頃に、一人の女性が水を汲みにやって来ました。主イエスはその女性に、「水を飲ませてください」と声をかけます。ユダヤ人とサマリア人は犬猿の仲で、付き合いをしませんでしたから、女性は怪訝(けげん)そうな顔をして、ユダヤ人のあなたが、どうしてサマリア人の私に水を飲ませてくださいと言うのですか?と答えます。そこから水をめぐる問答が始まり、主イエスはこの女性に、「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(ヨハネ4章14節)と語りかけました。それを聞いた女性が、「その水をください」と求めると、主イエスはそれに答えず、いきなり「あなたの夫をここに呼んで来なさい」(同16節)と命じたのです。
 実は、真っ昼間に井戸に水を汲みに来ること自体がおかしなことなのです。水汲みは女性の仕事ですが、この地域の日中は非常に暑いので、皆、朝のうちか夕方に水を汲みに来るのです。どうしてお昼頃、汲みに来たのか?人目を避けるためです。それは、この女性が、町で噂の、みんなから白い目で見られていた女性だったからです。かつて5人の夫がいた。今、夫ではない男性と連れ添っている。5人の夫は死に別れたのか、それとも離縁状を渡された夫もいたかも知れない。いずれにしても周りの人々から、男女関係の乱れた女性と思われていたようです。主イエスはどうして知ったのか、彼女の現状を知っておられました。その現状、その現実のただ中に、救いは起こるのです。
 救いとは何か?抽象的なことではないのです。私たちが、聖書の勉強を頭でして、救いって、こういうことだと頭の中で思い巡らすことではないのです。救いとは、頭の中に蓄える知識・教養ではありません。リアルです。自分の生活の現実の中で起こることです。困難や迷い、苦しみ悲しみの中で、ハートで味わい、実感することです。
 私たちにも、人目を忍んで隠しておきたい現実があるでしょう。それは恥ずかしいことかも知れませんし、プライベートな問題で人には簡単に明かせないことかも知れません。そういうものを、私たちは一つ二つ抱えながら生活をしているでしょう。そして、悩み、苦しみ、悲しんでいるでしょう。大正から昭和にかけてキリスト者として生きた森有正(もり ありまさ)という人が、だれ憚(はばか)らず語ることのできる思想や道徳ではなく、だれにも言えず、独り抱え込み、葛藤(かっとう)しているような深い現実において、人は神と出会うことができると言いました。私たちも、そこで最も深く主イエス・キリストと出会うのです。そこで、そんな自分が主イエスに認められ、受け入れられ、愛されていることを知った時、信じた時、感じた時、救いは私たちにとって抽象や知識ではなく、リアルになります。イエス・キリストという深い愛の泉から、私たちも、神の愛という渇くことのない水を汲み、魂を潤され、癒(いや)されるのです。安心を、感謝を、喜びを、幸せを得るのです。
 シカルの女性も、そのように主イエスから救われました。そして、彼女は、今まで避けていた町の人々に、この人は救い主かも知れないと伝えに走ります。伝道はリアルな救いの喜びから始まります。イザヤ書12章4〜6節にも、喜びのうちに救いの泉から水を汲んだ人々が、喜び歌って、神の救いを宣べ伝える姿が記されています。救いの喜びから伝道が始まる。今日の午後の研修会で、野村先生が、喜びによってなされる福音伝道を豊かにお話してくださるでしょうから、私はこれぐらいにしておきます。
 創立記念礼拝という節目、私たちは、24周年という教会の歩みを、神さまに導かれ、イエス・キリストに愛されて来たことを感謝して、これからもキリストの愛を知り、キリストの愛とともに、喜びを持って伝道する教会として進んでいきたいと願います。






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