2016年9月18日 慶老礼拝説教
  聖 書  詩編139編1〜18節
  説教者  山岡 創 

139:1 【指揮者によって。ダビデの詩。賛歌。】主よ、あなたはわたしを究め/わたしを知っておられる。
139:2 座るのも立つのも知り/遠くからわたしの計らいを悟っておられる。
139:3 歩くのも伏すのも見分け/わたしの道にことごとく通じておられる。
139:4 わたしの舌がまだひと言も語らぬさきに/主よ、あなたはすべてを知っておられる。
139:5 前からも後ろからもわたしを囲み/御手をわたしの上に置いていてくださる。
139:6 その驚くべき知識はわたしを超え/あまりにも高くて到達できない。
139:7 どこに行けば/あなたの霊から離れることができよう。どこに逃れれば、御顔を避けることができよう。
139:8 天に登ろうとも、あなたはそこにいまし/陰府に身を横たえようとも/見よ、あなたはそこにいます。
139:9 曙の翼を駆って海のかなたに行き着こうとも
139:10 あなたはそこにもいまし/御手をもってわたしを導き/右の御手をもってわたしをとらえてくださる。
139:11 わたしは言う。「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。」
139:12 闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を放ち/闇も、光も、変わるところがない。
139:13 あなたは、わたしの内臓を造り/母の胎内にわたしを組み立ててくださった。
139:14 わたしはあなたに感謝をささげる。わたしは恐ろしい力によって/驚くべきものに造り上げられている。御業がどんなに驚くべきものか/わたしの魂はよく知っている。
139:15 秘められたところでわたしは造られ/深い地の底で織りなされた。あなたには、わたしの骨も隠されてはいない。
139:16 胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。わたしの日々はあなたの書にすべて記されている/まだその一日も造られないうちから。
139:17 あなたの御計らいは/わたしにとっていかに貴いことか。神よ、いかにそれは数多いことか。
139:18 数えようとしても、砂の粒より多く/その果てを極めたと思っても/わたしはなお、あなたの中にいる。

「 御手をもってわたしを導き 」
 今日は〈慶老礼拝〉を迎えました。日本の暦では9月に〈敬老の日〉という祝日があります。地域で敬老の行事が行われます。教会には教会独自の暦もありますが、日本の教会が日本の慣習を受け止めることも必要、そう考えて慶老礼拝とお祝いの慶老食事会を行うようになりました。
 お手元に受付で、75歳以上の方々のお名前を書いた紙をお配りしました。教会員の方、また普段比較的、礼拝によくおいでになる方のお名前を記しました。19名の方々のお名前があります。本日の慶老礼拝に元気に出席された方々がおられます。その一方で、体調を崩したり、入院しておられたり、施設に入所していて、この礼拝に出席できない方々も少なからずおられます。特に、特別養護老人ホーム・キングスガーデン川越に入所しておられるAさんが、この夏、転倒して大腿部を骨折されました。今は退院してホームに戻っておいでになり、私もお訪ねしましたが、以前のように歩けるように回復するかどうか分かりません。Aさんをはじめ、体調を崩している方々のためにお祈りください。また中には、この慶老礼拝と食事会に出席することをとても楽しみにしていながら、体調が思わしくなかったり、ご事情があって出席できなかった方もおられます。そのように出席できない方がおられることも心に留めてください。
 これらのご高齢の方々に接し、人生のご苦労を伺うと本当に頭が下がりますし、また年輪を刻んだ深い信仰に尊敬の念を抱くことも少なくありません。けれども、私たちの教会では、老いを敬う礼拝とはせず、老いを慶ぶ(喜ぶ)礼拝として〈慶老礼拝〉と名付けています。それは、ご高齢の方々が神さまによってとらえられ、導かれて来た人生の恵みを慶(よろこ)ぶ礼拝としたいからです。そして、私たち一人ひとりが、神さまによってとらえられ、導かれる恵みを信じて、神さまを賛美する礼拝としたいからです。今日の聖書・詩編139編の10節で、「御手(みて)をもってわたしを導き、右の御手をもってわたしをとらえてくださる」とこの詩を詠(うた)った信仰者が書き記しているように、私たちも信仰をもって神の恵みを共に慶ぶ礼拝としたいのです。

 この詩編の作者は、驚きと喜びをもって、神の恵みを証ししています。神さまが自分をお造りになり、命をお与えになったこと。神さまが、自分のすべてを知り、自分の人生の歩みを見守っておられること、どこにいっても神さまは共にいて、自分をとらえ、導いてくださっていることを感謝して、詠っています。
 特に、この詩編を読みながら、7節以下の言葉に感動します。
「どこに行けば、あなたの霊から離れることができよう。
どこに逃れれば、御顔(みかお)を避けることができよう。
天に登ろうとも、あなたはそこにいまし、
陰府(よみ)に身を横たえようとも、見よ、あなたはそこにいます。
曙(あけぼの)の翼を駆(か)って海のかなたに行き着こうとも、あなたはそこにもいまし、
御手をもってわたしを導き、右の御手をもってわたしをとらえてくださる」(〜10節)
 神さまは目には見えない。人のようにそばにいるわけでもない。けれども、どこに行っても共にいてくださる存在である。そのことを聖書は「霊」という言葉で表します。神さまはどこにおいても、共にいて、自分をとらえ、導いてくださる。その感動と喜びがひしひしと伝わって来ます。
ところで、「曙の翼を駆って、海のかなたに行き着こうとも」という言葉から、私は、孫悟空の物語を思い起こします(ドラゴンボールではありません!)。子どもたちや若い人たちは『西遊記』という話を知っているでしょうか?中国が唐という国だった時代に、三蔵法師というお坊さんが、インドの国に仏教のお経をいただくために、山を越え、谷を越え、ピンチを切り抜け旅をするというお話です。その三蔵法師のお供をした一人が、孫悟空という猿の化け物です。
孫悟空は最初、暴れん坊でした。天界で大暴れし、遂に捕らえられ、処刑されることになりましたが、不老不死の体になっているのでなかなか死にません。手を焼いた天界の人々は、お釈迦さまに相談します。お釈迦さまは孫悟空と話をし、そして二人は賭けをすることになりました。それは、孫悟空が自慢している筋斗雲(きんとうん)に乗って、お釈迦さまの右の手のひらから飛び出すことができたら、天界を孫悟空にやろう、という賭けです。そんな小さな手のひら、わけはない、と孫悟空は筋斗雲に乗って飛び出し、ビュンビュン飛んで行きます。やがて雲の彼方に5つの山が見えました。ここはもう世界のいちばん外れだと思った孫悟空は、そこまで来た証拠に、その山の一つに自分の名前を書き、更におしっこまでひっかけて帰って来ます。お釈迦さまのもとへ帰って来て、どうだ、おれの勝ちだ!と孫悟空は自慢します。しかし、お釈迦さまは、いいえ、あなたは私の手のひらから出ていませんよ、と言います。そんなはずはない、と息巻く孫悟空に、お釈迦さまは自分の右の手を見せます。見ると、お釈迦さまの右手の中指に孫悟空の名前が書いてあり、おしっこの湯気が立っていました。どんなに遠くまで飛んで行っても、そこはお釈迦さまの手のひらの上だったのです。
 天に登っても、陰府に降っても、海のかなたに飛んで行っても、どこに行っても、そこは神さまの手のひらの上。人生はどんな時も、どんな場所、どんな状況にあっても、神さまが霊となって共にいてくださり、その手によって私たちをとらえ、導いてくださる。その安心、喜び、感謝を、詩編の作者は詠っているのです。
 もちろん、この思いは理屈ではありません。証拠を示すことも、科学的に証明することもできません。人生を真剣に生きて来た人が、どこかで気づき、深く悟り、感動する“生かされている”という気持、生きることに対する理屈抜きのセンスです。
 そして、こういう気持は、ご高齢になるほど味わうことができるのではないでしょうか。若い頃は、自分の力を誇り、“俺は自分の力で生きている”と思い上がることがあるでしょう。反対に、自分の力の足りなさに落ち込み、劣等感を感じることもあるでしょう。けれども、年齢と共に、自分の生き方、自分の命に対する思いが変わって来ます。その思いが聖書の御(み)言葉によって導かれるとき、自分の人生は神さまに捕らえられ、導かれて来た、という信仰になるのです。

 この信仰は、霊性(れいせい)、スピリッチュアリティーという言葉で表わすこともできます。どこにでも共におられる神の「霊」を感じる心です。人間を超越した、何か偉大なるものを感じ取る心です。そういう偉大なるものによって、自分が支えられ、生かされて在ることを感じるセンスです。自分の力だけで生きているのではない、生きて来たのではない。自分の人生は導かれて来た、自分の命は生かされて来た。そのように感謝する思い、そして導き、生かしてくださる神を信頼して、平安を得ることのできる魂です。
 こういう信仰の霊性は、ご高齢になればなるほど、人生の経験によって磨き抜かれるものだと思うのです。
 以前にもお話したことがありますが、関西で行われた日本基督教団の教区伝道委員長会議で、西宮教会の岡本牧師という方が、〈高齢者と教会〉というテーマでお話をしてくださいました。教会の婦人会の高齢の方々が、こんな愚痴話をしていたというのです。自分は年をとって、あれもこれも、今までできたことができなくなってしまった。もう教会のご奉仕も、神さまのお役に立つこともできない、と。それを聞いた先生は、ご高齢の方々を集めて、こう言われました。“あなたがたは今まで、自分の力で何でもできた。だから、神さまに生かされていると実感をもって感じたことが、なかなかなかったでしょう。けれども、今、お年を召されて色々なことができなくなった。自分の力でできなくなった時こそ、神さまに生かされていることを感じるチャンスであり、その恵みを実感をもって若い人たちに証しできるのは、あなたがたしかいないのですよ”。それを聞いた年輩のご婦人たちは、本当にそうだと感じたのでそうです。
 天に登っても、陰府に降っても、海のかなたに飛んで行っても、どこに行っても、神さまが霊となって共にいてくださり、私たちをとらえ、導いてくださる。もちろん、若い人がその恵みを感じないとは言いません。けれども、より強くお感じになるのは、人生を御言葉に照らされ、信仰を磨かれながら歩んで来た方ではないかと思います。

 そんなことを御言葉から考えておりましたら、ふとクリスチャンの医者である日野原重明氏のことを思い起こしました。1911年生まれ、聖路加国際病院の理事長、また名誉院長であり、10月で105歳にならんとするご年齢で今もなお現役の方です。この先生が、もう15年も前に出した『生きかた上手』という本を改めて読み返しました。その最後に、先生の生い立ちと人生の歩みが少し書かれています。医者を志して京都大学に入学するも、結核を患い、1年近く学業ができなかったそうです。また、1970年には、よど号のハイジャック事件の飛行機に乗り合わせていたというのですから、びっくりしました。赤軍派という共産主義者同盟の若者9人が起こした事件で、日本では最初のハイジャック事件だったそうです。その時のことを振り返って、日野原先生は、こんなふうに書いています。
 こうして韓国の金浦空港に着陸してからの3晩4日、機内に拘禁(こうきん)されました。赤軍派はダイナマイトを持参していましたから、彼らがやられる時は自分たちも死ぬ時です。そんな状況下のストレスは相当なものだったと思いますが、いま思い出そうとしても、あの恐怖感は再現できません。どんな悲しみも肉体的な苦痛も、それが何ごともなく解消されると、もう痛みは実感できません。私が体験した、たくさんの悲しみや苦しみは、いまになってみると、みな明るい悲しみ、明るい苦しみに変わっています。もう追憶でしかないのです。そうして、むしろそんな悲しみを過ごしたから今がある。とか、あの苦しみのおかげでこんなに得るものがあった、とさえ言えるようになっているのです。「そのとき」にはわからないけれど、「後」になると、なるほどあれが私をつくったんだ、と思えるわけです。それが齢を重ねるよさでしょうか。‥‥‥
 ハイジャックに遭わなかったら、そこから先の人生を、自分のためよりむしろ他人の役に立って過ごしたい、とも思わなかったかも知れません。(『生きかた上手』224頁)
 今日の詩編139編11節以下に、こう書かれていました。
「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。闇もあなたに比べれば闇とは言えない。夜も昼も共に光を放ち、闇も、光も、変わるところがない」
 この作者も、人生の「闇」をずい分と経験したのでしょう。苦しみ、悲しみ、悩み、しかしその闇の中でも、神さまはそこにいて、自分を見ていてくださり、この闇の体験にも御言葉の光を照らしてくださり、恵みに変えてくださった。光と変わらない体験にしてくださったことを証ししています。日野原先生が語っておられることも、やはり神さまが「闇」を照らして「光」に変えてくださった恵みだと言って良いでしょう。
 高齢の方も若い人も、今、自分の人生を歩んでいます。信仰を生き方の基本にして歩んでいます。一人ひとりが、「あなたの御計(おんはか)らいは、わたしにとっていかに貴いことか」(17節)と、自分の年齢なりに、自分の信仰なりに感じながら、感謝して歩んでいきたいものです。





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