2017年6月11日 礼拝説教
  聖 書 ヨハネによる福音書1章19〜28節
  説教者  山岡 創牧師

1:19 さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、
1:20 彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。
1:21 彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。
1:22 そこで、彼らは言った。「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」
1:23 ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と。」
1:24 遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。
1:25 彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、
1:26 ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。
1:27 その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」
1:28 これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。


「 “声”になろう 」
 今から約2千年前、ユダヤにヨハネという人がいました。ヨハネというのは、日本で言えば“鈴木さん”“田中さん”のように、とてもポピュラーな名前です。新約聖書の中にも、ヨハネという名前の人が複数出て来ます。ちなみに、ヨハネによる福音書のヨハネと、1章に記されているヨハネは違う人物です。
 けれども、このヨハネには異名がありました。“洗礼者”という異名です。と言うのは、彼が、ベタニア付近のヨルダン川で洗礼を授けていたからです。
 先週のペンテコステ礼拝において、NさんとHさんが洗礼をお受けになり、私たちの教会に教会員として加わえられました。大きな喜びです。教会の洗礼には、悔い改めと罪の赦(ゆる)し、生涯キリストと共に歩む誓い、新しい命への生まれ変わり、キリストの体なる教会に属する教会員となること、天国に入れられる約束といった意味があります。そして、教会の洗礼は、洗礼者ヨハネの洗礼運動に端を発している、イエス・キリストがヨハネから洗礼をお受けになったことに始まる、と言ってよいでしょう。
とは言え、当時のユダヤにおいて、洗礼はそれほど珍しいものではありませんでした。既にヨハネがする以前から、洗礼は行われていたのです。特に、ユダヤ人以外の外国人がユダヤ教に改宗して入信する際に、神さまに近づくために汚れを清めるとうい意味で、水で洗礼が授けられました。
けれども、ヨハネは、それとは違う意味でユダヤ人に洗礼を授けました。元来、ユダヤ人はもう既に選ばれた神の民なのですから、改めて洗礼を受ける必要はなかったのです。ところが、ヨハネは、そのユダヤ人に、悔い改めを呼びかけました。神の国が近づいている。あなたは神の国にふさわしい人間か?神に選ばれたユダヤ人だということにあぐらをかいていないか?自分の内側をもう一度見つめ直せ。そして、自分を悔い改めて、そのしるしに洗礼を受けよ。そのように呼びかけて、洗礼運動を始めたのです。この呼びかけに応えて、ヨハネのもとに来て洗礼を受けるユダヤ人が大勢いました。ヨハネによる福音書には記されていませんが、他の三つの福音書では、主イエスご自身も、ヨハネから洗礼をお受けになったことが書かれています。

 さて、ヨハネのこの洗礼運動はユダヤ人社会において大きな影響を及ぼし、ユダヤ人の指導者たち、当局者たちにとって放っておけない一大ブームとなりました。そこで、神殿での宗教活動を営んでいる祭司やレビ人たちが、ヨハネのもとに尋問に向かいます。お前はいったい何者なのか?なぜ洗礼運動を行うのか?と。
 当時、ローマ帝国に支配されたユダヤ人を解放し、独立国家を復興する英雄として、メシアを待ち望む風潮がありました。メシアとは“救い主”の意味です。けれども、ヨハネは「わたしはメシアではない」(20節)と否定しました。
 「では何ですか。あなたはエリヤですか」(21節)。エリヤというのは、旧約聖書・列王紀に出てくる預言者です。イスラエルにバアルという異教の神を持ち込んだアハブ王とその宗教に警告し、迫害されながらも抵抗した預言者です。彼はやがて、死なずに、火の馬車で天に上って行きました。このエリヤが、世の終わり(終末)に再びやって来ると期待されていました。しかし、ヨハネはそれも否定します。
 「あなたは、あの預言者なのですか」(21節)。あの預言者というのは、旧約聖書・申命記18章15節に約束されている“モーセのような預言者”のことです。モーセとは、エジプトで奴隷であったイスラエルの人々を解放したリーダーでした。やはりユダヤ人の苦境の際に現れると期待されていました。しかし、ヨハネはそれも否定します。
 「それでは、いったいだれなのですか」(22節)。祭司やレビ人に遣(つか)わされた人たちはいら立って来ました。ヨハネの答えがはっきりしないからです。ヨハネが巻き起こした一大ブームに、彼らは、ヨハネはただ者ではない、と感じました。そこで、何者か?と問いかけたのです。彼らは、人に洗礼を授けるのは本来、神殿の祭司の役割であり権限だと考えていました。けれども、もしヨハネが、待ち望まれていたメシアか、エリヤか、モーセのような預言者であるならば、その洗礼運動を容認しようと思ったのでしょう。しかし、どこの“馬の骨”かも分からない人物ならば、その活動を放っておくわけにはいかない。越権行為であるし、ともすれば暴動・反乱の兆しと見なされてローマ帝国の軍隊が動き出す。そうなったら、支配されているユダヤ人に許されている自治権はますます縮小されてしまう。指導者、当局者たちは、それを恐れました。
 ユダヤ人にしてみれば、自分たちを支配しているローマ帝国からは独立したいという悲願があります。だから、それを実現する力のある人物の登場は大歓迎なのです。けれども、半端な人物が出て来て失敗したのでは、ローマの支配はさらに強まります。それを見極めなければなりません。だから、指導者、当局者たちの態度は複雑でした。

 ところが、ヨハネには、そのような政治的な関心は全くなかったと思われます。名誉のために自分を売り込もうとするような売名行為の願望もありませんでした。彼はただ、“声”でありたかったのです。ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて答えます。
「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と」(23節)
 この言葉は、旧約聖書・イザヤ書40章3節の引用です。今のユダヤ人社会において、主の道はまっすぐではない、曲げられていると、ヨハネの目には映ったのではないでしょうか。主なる神さまが自分たちに期待している主の御(み)心は、人の都合や願望で曲げられている。まっすぐに届いていない。まっすぐに従っていない。そう見えたのではないでしょうか。ローマ帝国の支配下で、指導者たちはいつしか志を忘れ、迎合し、自分たちの利益や権益を貪り始めている。病気や障がいを負った人々、また遊女など、社会で弱い立場にいる人々が置き去りにされている。ファリサイ派は、律法を守ることに熱心なあまり、守れない人を裁き、神の救いから切り捨てている。その現実に、ヨハネは、主の道がまっすぐに通っていない、ユダヤ人社会に、人の心に、主の道がまっすぐに通っていない、と感じたのではないでしょうか。その景色は、彼にとってまさに「荒れ野」でした。主の道が花を咲かせ、実を結ばない荒れ野でした。その光景に、彼は怒りを感じ、痛みを感じ、悲しみを感じて、叫ばずにはおられないのです。「主の道をまっすぐにせよ」と。ヨハネ自身が、主の道にまっすぐであろうとした時、彼は叫ばずにはいられなかった。“声”にならずにはいられなかったのです。そして、この曲った社会に、曲った人の心に、まっすぐな道を通すお方、本物の救い主、イエス・キリストを待ち望まずにはおられなかったのです。

 6月3日付の朝日新聞〈フロントランナー〉というコーナーに、奥田知志さんという方が紹介されていました。北九州でNPO法人・抱樸の理事長をしている方です。これは、ホームレスの方々の体調や生活状況を見守り、職探しや家探しを支援し、看取(みと)りまで続ける〈伴走型支援〉だということです。この活動の支援によって路上生活を脱した人は約3千人、自立した人は関わった人の9割に上ります。奥田さんはまた、東八幡キリスト教会の牧師でもあります。
 中学2年で洗礼を受け、その後、関西学院大学に進みます。そして、学生時代に大阪・釜ケ崎を訪れ、大きなショックを受けたといいます。酒と排泄物の臭いに満ちた日雇労働者の街に、名前も年齢も知れない遺体が転がっていた!その現実、“神は一体どこにおる!”と奥田さんは怒りを感じたのです。しかし、だからこそ“こんな世の中だから、神様がおってもらわんと困る。牧師になっておじさんたちと一緒に神様を探す”と決意したそうです。
 その後、北九州の教会に招聘(しょうへい)されて、その地でホームレス支援活動を本格化。路上死者が出るたびに“殺人行政”と怒り、役所に押し掛けたといいます。その後、2002年にホームレス自立支援法が成立し、北九州市から、巡回相談や自立支援センターの運営を任されることになりました。今も、奥田牧師は、夜の炊き出しと夜中の市内巡回を仲間と共に続けている、ということです。
 私は、今日の御言葉を黙想した時、奥田知志さんのこの記事を思い出しまして、日本の社会において、まさに「荒れ野で叫ぶ声」だと感じました。主の道をまっすぐにせよ、愛の道をまっすぐにせよ、と叫ぶ声です。もちろん、その活動にキリスト教の“キ”の字も出していないと思います。けれども、その働きの根源は、自分の後ろにおられるイエス・キリストの愛を指し示し、待ち望む生き方だと感じました。

私たちもまた、現代社会において、一つの“声”でありたい。私たちの後ろにおられるイエス・キリストを指し示す“声”でありたい、と思うのです。でも、奥田さんのようにはなれない。同じ牧師として、私も、奥田牧師に対する感動と同時に、自分はそのようにはなれないなぁ、と力の無さを感じてしまいます。皆さんもそうでしょう。けれども、すべての人が奥田牧師のようにならなければならない、というわけではないと思います。比べて卑下(ひげ)する必要はありません。
私たちには、一人ひとり、神さまから遣わされた場所があります。置かれた場所があります。家庭があり、職場があり、学校があり、施設があり、また人との関わりがあります。そこで“声”になれたらいい。イエス様なら、きっとこう言うよ。イエス様なら、きっとこうするよ、という“声”になれたらいい。主の道にまっすぐになれたらいい。
うまくいかない時、失敗する時もあるでしょう。でも、祈って、気を取り直して、主の道を、キリストの愛とともに歩く道を歩んでいきましょう。
 奥田知志牧師の言葉の中で、私は、“こんな世の中だから、神様がおってもらわんと困る。牧師になっておじさんたちと一緒に神様を探す”にとても感動しました。神様を探す。いい言葉だなぁ、いい生き方だなぁ、と思いました。もう神さまを見つけた。神さまはこれだ!と絶対化し、自分を正当化し、それを人に押し付けるのではなく、神さまを探す、探し続ける。良い意味で、そういう謙虚な信仰者でありたいと願います。
 神さまはたぶん、自分一人では探すことができません。だれかと一緒に探すもの(方)なのでしょう。生きる上での悩み、苦しみ、悲しみを負っているだれかと一緒に生きることで、お互いに一緒に生きることで、その関係の中に探し当てる魂の宝物、それが神さまというお方なのではないでしょうか。
 皆さん、私たちは一人ひとり、置かれた場所で、小さくても、喜んで、キリストの“声”になりましょう。愛を指し示す、愛を待ち望む“声”になりましょう。神さまを探し続けましょう。